考の証

要は健忘録

【積読日記】予測不能の時代:データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ

 積んでない定期。


 本著は日立製作所半導体事業の研究を行なっていた著者がこの20年近く行ってきた幸せに関する研究をまとめた書籍である。著者がなぜ畑違いとも言える研究を行おうとしたのか。それは自身の関わっていた事業がなくなった経験を二度としないため、より社会が求めるものを追求していた結果、これから先無くならないものが人間にとっての幸せであると考えたからだそうだ。
 この幸せというものについて、これまで心理学では質問表の記入による研究がメインであったが、著者はこれまでの経験をもとにウェアラブルバイスによる心拍数や運動量、さらに赤外線センサーを用いた会話するときの相手やそのときの身体の動き方といったデータを測定し、これと質問表による心理学的なデータを突き合わせることで幸せを定量化している。この幸せとは、人間の感じる感情のようなものであるが、それは生化学的な反応に落とし込めるということである。実際に幸せを感じている人は他人との会話中において上半身の動きが多い、つまりノンバーバルコミュニケーションをよく取る傾向にあるそうだ。思い返してみれば、パワハラ上司に話しかけに行く時には蛇に睨まれた蛙のように体は動かないことが多く、気楽に話せる友人であれば身振り手振りを挟んで会話するということを思えば、この結果というのは納得がいく。また、会話する時間や相手に着目すると、企業のような組織では5-10分程度の短い会話が多く発生しているといったこと、また関係性が上司→部下という直接的な上下のつながりだけではなく、他の人ともつながりがある方がより幸せな企業であるということが言える。これもまた、実際に働いている身としてはわかりやすいものだと思う。このように、幸せというのは人の行動に表れており、それを測定・解析することによって人だけではなく組織そのものの幸せというものが測定できるそうだ。


 そして、この組織の幸せというのはその生産性にも影響を与えている。より幸せな人が多い組織では困難なことにも立ち向かう環境が整っていると言え、幸せではない組織と比べて売上や利益の成長率も良いことがわかった。これは、ちょっと嫌なことや面倒なことを始める際、まずは気晴らしをすることもあると思うが、幸せな人というのはその気晴らしの時間というものがなく、困難なことにもすぐに立ち向かっていけるために生産性が高くなっていると言えるそうだ。つまり、人や組織が幸せであるならば、その環境はより成長性が高いということを示している。話は変わるが、これまでの生産性向上というのは工場での効率化してより安価により大量に良いものを生産するということであったが、これからの社会ではそういった物の生産性ではなく、知的労働の生産性を引き上げる必要があると言われている。この知的労働の生産性は工場での効率化というものをそっくりそのまま当てはめることができない。それは、未来というものは基本的に予測ができないものであり、過去のデータや知見というものが基本的に役に立たず、それらに立脚するルールや規格というものも足枷になってしまうからだ。そういった意味で、今後の企業において生産性を上げるためには、この人や組織の幸せを引き上げていくことが必要となってくると著者は述べている。


 実は言うとこの本を書いた人のセミナーを以前聞いたことがあり、それで興味を持ってこの本を手に取った。元々、日立製作所出身の人が幸せに関する研究をしているというのはどこかで小耳に挟んでおり、たまたま機会があったのでセミナーに参加したところ、とても面白い話が聞けたと思いつつ、1時間の講演では足りないと感じていたところ、この書籍が紹介されていた。幸せの研究というと少し宗教じみた感じがするというのが正直なところであったが、データに基づいていろいろ紹介されると納得しまいがちなのは理系の性である(元の論文を読んでいないので、そういった意味では結果しか見ていないのだが)。ただ、紹介されている結果というのは普段の日常を振り返った時にも違和感のないものであり、そういった暗黙知のようなものを可視化するという意味合いでとても意義深いものだと感じた。また、「幸せは状態ではなく行動である」ということも述べられており、私たちは自らの考え方や行動を変えることによって幸せを感じることができると言われている。これは怪しい話に聞こえるかもしれないが、なぜその考え方や行動によって幸せが導かれるのかというデータと結果について理解すれば科学として受け入れられていくだろうと思う。本著では最近の上から発せられる言葉の違和感、というよりモヤモヤを解消するきっかけとなり、非常に良い読書体験ができたと思う。上の人も同じ考えで言葉を発しているものと願いたいが、それはあまり期待しないでおこうと思う。