考の証

要は健忘録

映画「HELLO WORLD」の考察 正書版

 流石に前のブログでは説明がごちゃごちゃしていたので、自分の整理も兼ねてもう一度考察をして正書してみる。

 [前回更新分]
qf4149.hatenablog.com


 理解を優先してラストシーンから考えて行きましょう。一行瑠璃は劇中で堅書直実と同様の手法で堅書直実のALLTAREからのサルベージを行なっていることは精神同調率を示すゲージから示唆されている。またこのラストシーンで個人としてはっきり描かれたのは一行瑠璃と堅書直実だけで、直実は脳死から復活しているためにこの描写からALLTAREからのサルベージを行ったのは瑠璃(もしくは瑠璃が作成したAI?)であることが確定する。

 ここでALLTAREについて振り返ってみると、ALLTAREとは量子記憶装置の名称であり、京都という都市全体で起きた事象の全録(パンフレットより)である。つまり、ALLTAREで再現されたデータ類は基本的に全て起きた事象であることを示している。

 この二つから、堅書直実が十年後の自分、先生と会う前の世界(分かりにくいのでオリジナルと以後呼称)の年表は以下のように考えられる。


【2027年】
 ・堅書直実が一行瑠璃と付き合う
  同年の花火大会にて落雷事故によって一行瑠璃が脳死状態に陥る

【2027〜37年】
 ・堅書直実は京斗大学の千古教授の研究発表(ALLTAREデータを用いた脳死マウスの復活)を聞き、
  ALLTAREを用いた一行瑠璃の脳死状態からの回復を目的として行動を開始する

 ・堅書直実が「クロニクル京都(ALLTAREを用いた都市の全事象の記録プロジェクト)」に参加、
  千古教授の元で研究員として出世し、システム管理者の権限を得る

 ・堅書直実はALLTAREへのダイヴシステムを完成させるが、その実験の最中に脊髄損傷の事故に遭い、左下肢麻痺となる。

【2037年】
 ・堅書直実がALLTAREへダイヴして一行瑠璃のサルベージを実行、一行瑠璃は脳死状態から回復する

 ・このサルベージのALLTAREへのダイヴ、もしくはサルベージ後のALLTAREの欠損データ修復作業など、
  何かしらの原因により堅書直実は脳死状態に陥る

【2037〜??年】
 堅書直実のデスクにある教授宛の手紙を千古教授が発見する(EDのワンシーン、おそらくここにラストシーンとの補完描写があると推定)
 千古教授とそのラボメンバーは堅書直実が一行瑠璃を救う為に行ったことを知る
 これ以降のどこかで一行瑠璃が堅書直実の計画を知り、同様の方法で堅書直実を救うことを決断する

【20??年】
 計画を実現すべく、一行瑠璃が堅書直実をサルベージするためにALLTAREへ三本足のカラスとしてダイヴする
 ダイヴ先は2037年のALLTAREで堅書直実が2027年にダイヴする前の記録時空間、
 もしくは2037年の堅書直実がダイヴした2027年の記録時空間(オリジナルのALLTARE内のALTTARE)のどちらか


 ということが出来事が、ALLTAREのデータ内で堅書直実と先生が会う前に起こったことである。そのため、本作はこのオリジナル世界、ALTTARE内の2037年の世界、ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界という三重の世界構造を理解することが必要不可欠であろう。ちなみに余談だけど、一行瑠璃のダイヴ先がどちらかなのか分からないのは、
①先生はカラスのことを元から知っている口振りであることから、オリジナルの2037年で用意したものと推定されるので、こちらから入った方が良い(気がする)
②ALLTARE内の2027年の堅書直実は先生が伏見稲荷にダイヴするよりも前に赤いオーロラとカラスを目撃していることから、カラスは堅書直実よりも早い段階でダイヴしている
という辺りが矛盾している気がするからである。そもそもオリジナル世界からダイヴしたALLTARE内2037年の世界から更にダイヴしたALLTARE内2027年に直接ダイヴするのは流石に無茶すぎる気がするから迷っているところではある。この辺りは考えてもわからないので放置しておこう。

 さて、一行瑠璃がALLTARE内へ三本足のカラスとしてダイヴしたのを当然のように話しているけれど、これはちゃんと理由がある。【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】にて先生が瑠璃をサルベージして世界が崩壊した後の論理物理干渉野(パンフレットより引用、崩壊した世界に神社だけがあった空間のこと)にて、堅書直実に三本足のカラスが「一行瑠璃を取り戻したいか」と問いかけているシーンがある。それまでに先生はカラスを道具のように扱っていたので、先生自身カラスに意思があると思っていなかった節がある。恐らくはオリジナル世界でも先生は自らALLTARE世界に道具としてカラスを持ち込んでいたと思われるので、このカラスに成り代わっていることが推測される。また【ALLTARE内の2037年の世界】でも三本足のカラスはあの異常事態の中でも堅書直実と一行瑠璃を元の世界へ還すための正解を知っていた。【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】でも【ALLTARE内の2037年の世界】でも異質な存在であるあのカラスはそのさらなる上位世界からやってきたと考えるのが妥当である。モチーフの話をすれば、この三本足のカラスは八咫烏のことを示していると思われるが、八咫烏は導きの神である。最初のシーンでは堅書直実を先生が現れる伏見稲荷へと、論理物理干渉野では堅書直実をALLTARE内の2037年の一行瑠璃の元へと、ALLTARE内の2037年では堅書直実と一行瑠璃を元の世界へとカラスが導いており、八咫烏の導きの神としての性質をこれでもかと見せている。加えて堅書直実の精神状態を同調させるという意味での導きもその中に含まれていると思われる。ALLTAREへのダイヴの際に姿形が変えられることは先生から説明(腕を機械に変えるなど実践もした)があったため、一行瑠璃が三本足のカラスとしてダイヴしたのも矛盾なく説明できる。
 ではなぜ一行瑠璃はオリジナル世界から二回もダイヴしなければならなかったのか。それは脳死状態からの回復には、脳死状態直前の精神状態をALLTARE内で再現してそのデータをサルベージする必要があるからである(劇中での説明あり)。そして脳死となった堅書直実は、2037年のALLTARE内の2027年へのダイヴが原因となってその状態となったからであろう(こっちは推測)。ただし、堅書直実はALLTARE内の2027年のダイヴそのものは成功していたが、その後処理を間違えたために脳死状態となったという仮説の方が有力であろう。これは先生が瑠璃のサルベージの際には脳死状態に陥った落雷事故が起きるまで待っていたこと、堅書直美がオリジナル世界にサルベージされたのは京都駅の階段上で自分と握手して【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】の堅書直実が元の世界へ戻る際に光へと変化したことから推測できる。この辺りの詳細についてはスピンオフアニメの方で説明があるかもしれない。

 ちなみに三本足のカラスは一行瑠璃であるとして説明を続けてきたけど、これ本当は一行瑠璃のアバターではなく、一行瑠璃(とラボメンバー)が作成した人工知能である可能性も捨てきれない。ALLTARE内の2037年の世界にて、同一座標に同一人物が複数存在するということをALLTAREがエラーとして認識して、具体的には一行瑠璃を排除しようとしていた。ちなみに同一世界に同一人物が複数存在することは、【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】にて先生と堅書直実を排除しようとシステムは作動しなかったので問題はないように思えるが、【ALLTARE内の2037年の世界】では一行瑠璃が元の世界へ還った後に先生と堅書直実がエラー対象として認識されていたので、潜在的な危険性はありそう。オリジナル世界にて、堅書直実の回復を喜ぶ人間が結構な数描かれていたので、このサルベージは綿密に計画を立てていたのであろうし、そう考えるとわずかな危険も排除しようと人工知能を使うのも選択肢として十分にありえるかな、と。ただ、人間ではなく人工知能を用いるというのは臨機応変に対応が求められる場においてかなりのリスクもありそうだし、このメンバーはかなり議論したんだろうなぁ。


 そんなこんなで、HELLO WORLDとは堅書直実と先生のW主人公で一行瑠璃を助ける映画と思わせておきながら、実は一行瑠璃が自分を助けてくれた堅書直実を助け出すというストーリーなのでした。しかもオリジナル世界の堅書直美と【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】の堅書直実と一行瑠璃の三人を全て救うという超絶難易度のサルベージを成功させた一行瑠璃は描かれていなかったけど、相当に優秀な人だったんだろうな。

 そしてこの考察が正解だとすると、堅書直実と一行瑠璃って実は言うと一緒の時間を過ごした時間が極端に少なく、どちらかが起きている時にはどちらかは眠っているといういわばずっと片想いの時間が続く訳で、相当切ないストーリーだと思う。最初に堅書直実が一行瑠璃をサルベージした時、堅書直実は独りでほぼ狂気に染まりながら研究を続けていただろうし、一行瑠璃が堅書直実をサルベージする時には仲間がいただろうけど、自分のことをただひたすら十年間一人で救おうとした人のことを考えていただろうし、なんだこのカップル。これから末長く幸せになれよ。


 もはや自分がこの話の主人公を最後の一瞬しか出番のなかった成長した一行瑠璃として認識してるところがあるな。まあまだ色々思うところはあるし、仮説じみた考えもあるけれどこれ以上増やすともっと分からなくなりそうだなので、今回はこれまでにしておきましょう。

プリンセスプリンシパルを1話から劇場版まで1日で駆け抜けた感想

 プリンセスプリンシパル、TLでも胡乱な人たちがよく話していたことだけは覚えていたので、いつか見ようと思っていたけれどなかなか見る機会がなかった。そう思っていたら、モルカーを見る為にYoutubeを開くとバンダイナムコチャンネルで12話を無料公開していることを知ったので見始めたら、なんと劇場公開初日が今日であることを知り、1日で駆け抜けました。

www.youtube.com

 Youtubeでは14日までの無料公開なので、ぜひ見ていない方は上のリンクから見て欲しい。


 大方の感想は今日のツイッターに放流しているので改めて書くことは少ないのだが、多少は被る前提で書いていきたい。

 プリプリの特徴は、まず放映順が時系列順ではないことである(確かハルヒ一期もそうだったと思う)。各話の題名には「Case xx」とあり、これが時系列を表す。プリプリ自体は日常系などではなく通常のストーリーであるため、時系列順でないと混乱するのでは?と思いながら視聴を進めていたが、物語は最低限の説明だけが与えられて進んで行く。逆にこの説明量の少なさによって混乱せずに見られたように思う。この構成の凄さは特に1話にあり、通常は主人公たちの置かれた状況やどういう物語であるかを説明する必要があると思うが、本作では主人公たちスパイが攫って来た亡命希望者にスポットを当て、彼に説明する方法で視聴者にも様々な情報が与えられている。このやり方が非常にスマートで無駄がない。おそらく放映順ではなく時系列順に見ても全く違和感のない演出であったと思う。まあ今日1日で全話を駆け抜け、ろくに考えられていない頭ではなぜこの構成にしたのか、その狙いまでは理解できていないところが本音である。とりあえず、しばらくは色々な情報を追っていきたい。

 構成の話をしたので次は作画の話をしていきたい。本作では全編等して作画が不安定になったことは一度もない。特に作画崩壊という訳でもないが違和感を感じた作画というのをこれまで見てことがあるが、本作では常に整った綺麗な作画で物語が進行していく。またスパイアクションの動きも凄まじい。特にその本領が発揮された5話の十兵衛vsちせ戦ではおそらく数分ではあったと思うが、狭い車内での戦闘であるのにここまで動かすのかと本当に驚いた。この戦闘は作画もすごかったが、戦闘の演出や構成、物語上の意味も含めて本当に良い回であったと思う。5話は何もかもが良かった。ここが本作にハマった瞬間であると思う。早くちせが本領を発揮できる強敵が出てきて欲しいと願う一方、その敵は本当に強過ぎると思うのでご遠慮願いたいとも思ってしまう。

 物語という点ではプリンセスとアンジェの2話の会話シーン、8話を見た後ではその意味が明らかになっていく演出が良かった。そもそも本作は時系列順ではないという縛りがあるため、単話での構成が必須である為にそれぞれの話に載せられる情報量が限られる一方で一話一話でのクオリティの高さも求められている。それでも各話単品で見ても十二分に面白い上に、各話同士の関係性を紐解いて行くと更に面白みが増していく構成。このアニメを作るのに一体どれほどの時間が費やされたのだろうか。もっと各話を見返して情報を整理していきたいが、無料期間中にもう一度見返すことができないのが残念でならない。wikipediaで確認したら、本作の脚本はコードギアスでもおなじみの大河内一楼さんだった。2話の屋根裏部屋で話そうの合図が使われていて「コードギアスだ!」とはしゃいでいたが、これで納得がいった。

 さて、TV版の話をしたので劇場版の話をしたいところではあるが、ちょっと1日で駆け抜けたためにあまり頭が整理されていないのでこの辺りで一旦今回は終わりにする。これから色々情報を集めたりして、もう一回劇場に足を運ぶことがあったらそこで改めて感想を書こうと思う。

p.s. そのうち各話の振り返り感想もここに追記します。

2/12 ほんのちょっとの追記、劇場版感想若干含む。

 本作では敵味方は明確に別れている一方でどちらが正しいか、悪かという視点ではほぼ描かれていないのが意外だった(case22,23あたりの共和国軍部は悪で王国側は利用されていたとも言える)。また敵であるノルマンディ公はプリンセスの伯父と比較的接触しやすい位置におり、地上波最終回で主人公チームは派手にやらかしているので共和国にはもちろん、王国側にも広く知れ渡った存在となったと思われる。ここで、プリンセスの目的は平たく言えば「女王即位による解放と平和」であり、その手段として共和国と取引している。そういったことを考慮すると、将来的に正体を明かした上でのノルマンディ公との取引や王国側への寝返りというのも今後あり得る展開なんだと思う。この辺りの展開に関してはスパイとして、友人として嘘をつくことも出てくると思うが、それは劇場版のビショップの末路とも重なるところもあるため、中々これからの物語が重くなっていくと思った。今のところ一番の嘘つきはプリンセス、次点でアンジェだが、更に嘘を重ねていくポジションはプリンセスだと思うので中々に次回以降が怖いのですが、できれば間隔を上げずにみたいので制作会社には頑張っていただきたい。

【積読日記】2001年宇宙の旅

 最近、週刊少年ジャンプの物語の展開スピードは伊達じゃない。これまでの漫画であったのような展開の速度でも「これ、遅くない?」みたいな感想を抱いてしまう。その象徴が昨年から連載されたアンデッドアンラックである。打ち切り漫画は連載終了したと同時に最後の設定大解放によって読者に「面白いのに終わっちゃうのか」という感想を抱かせるが、アンデッドアンラックは常にその設定大解放をし続けており、最大速度で常に最高の面白さを提供している。


 さて、そんな話を冒頭でしたのは理由がある。今回読んだ「2001年宇宙の旅」はそれと真逆の作品だからである。

 この作品は1968年に出版されたものであるが、これは元々映画と同時並行で作成されていた小説である。物語は人類が月でモノリスを発見したことから地球外知的生命体がいることを知り、その痕跡のある土星の衛星ヤペタス(イアペトゥス)を目指すというものである。ヤペタスを目指す宇宙船にはHAL9000と呼ばれるAIを搭載したコンピュータがいたり、木星の重力を利用したスイングバイを活用した宇宙航行が描かれている。

 この作品はかなり物語がゆっくり進行しており、大きな変化が起こるまでに200ページ程度読まなければならない。そういった意味で、冒頭で述べたようなジャンプを読んでいる身として物語のスピードが遅すぎて退屈さを感じてしまったことは否めない。そもそもジャンプのスピード感自体がおかしく、ガラパゴスを形成しているのであるが、これに慣れ親しんでいたのが悪いと言えるだろう。

 一方で、この作品の醍醐味はスピードや展開の意外さなどではない。重要なのは、この作品が「1968年までに執筆された」ということである。今から53年前である1968年は日本では学生闘争が起こっていたり、アメリカではアポロ8号が月へ行っていた頃である。その頃にこの作品が描かれたということに価値があるということは、おそらくこの本や映画を見た方には理解して頂けるのではないだろうか。まだ人類が月へ足を付けた頃、いかにリアルな宇宙の旅を描くかという壮大な課題へ挑んだのが本作である。実際、物語が動き始めるまでの間では地球から月への移動や木星を介した宇宙航行が克明に描かれている。まだ2021年現在で人類は気軽に宇宙旅行を行ったり、月面基地を建設できてはいないが、これらの描写には大きな間違いはない。また惑星の重力を利用したスイングバイによる宇宙航行は惑星探査機であるボイジャー1号と2号が実際に行ったものである。1968年当時でこの作品に出会っていたならば、今の宇宙開発に対して非常に感慨深いものがあるだろう。またそういったリアルな宇宙の旅を描きつつ、最後の展開は空想や夢を託したSFあることから、本作がSFの代表作として挙げられるのは異論ないだろう。

 2021年から30~40年後の世界はどうなっているだろうか。人類は月面基地を築いているのか。火星へ人類は辿り着けているだろうか。エンケラドゥスエウロパに生命がいるだろうか。そもそも宇宙への進出が続いているかも分からず、もしかしたら虐殺器官からハーモニーへとつながるディストピアの方が今のリアリティに溢れているかもしれない。

【メギド72】初心者の為のオススメギド

 先日、メギド72でようやく最新話に追いつきました。

 メギド72はストーリーが良く、ついつい進めてしまう一方、戦闘システムがやたら難解*1で諦めてしまうようで、友人もこれで辞めてしまった。

 戦闘システムの分かりにくい一例


 メギドの戦闘が難しい理由として協奏やHボム、点穴など色々な戦略を使って攻略することにあるが、これは理解できれば逆に戦闘が面白くなるので大事なのは戦闘システムを理解しなくてもストーリーがある程度進められることが途中で諦めないために必要なことだと思う。実際、私は戦闘システムをしっかり理解し始めたのは8章あるストーリーのうち、7章辺りからである。
 そういう訳で今回は初心者が勧める初心者の為のオススメギドを紹介します。メギドは最初に納得いくまでリセマラできるよう公式が取り計らってくれてますので、出てくるまで頑張ってみてもいいかもしれないです。

ミノソン

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 こいつだけいれば問題ありません。

 ……いえ、これは結構な本気です。私は8章までにある84回のボス戦のうち、ミノソンをリーダーにしなかったのは5回程度しかないです。つまり、ミノソンはほぼ全てのバトルで活躍できます。リーダーにしなかった5回くらいのうち、パーティー入りすらしなかったのは2回くらいですので、その強さはわかっていただけるのではないでしょうか。
 メギドはリーダーに据えたキャラによって編成パーティーへの効果が変わってきますが、ミノソンはその中でもおかしい性能をしています。というのも、ミノソンは自身をリーダーに戦闘開始時に万雷の加護と呼ばれる地形バフを味方全体に2ターン付与させます。

万雷の加護の特性
・雷ダメージ70%上昇
・雷攻撃時、ヒット回数×与えたダメージの0.5倍の雷追加攻撃
・ターン終了時、HP20%回復

 よく読んでもわからないと思いますが、ミノソンのスキルは雷ダメージを与えるものなので、適当にスキルを使っていれば戦闘が終わります。また毎ターン回復できるというのも強く、HP回復手段に乏しいメギドの戦闘において毎ターン味方全体回復というのはぶっ壊れもいいところです。またミノソン自身の奥義も火力が高いことや、初期メンバーのシャックス(スキル、奥義が雷ダメージ)とも相性が良いため、一部を除いて4章までは特に苦労せずにクリアできます。5章以降も苦労はしますがどうにかなります。また覚醒スキルで再度万雷の加護を付与できるので味方全体の地形を塗り替えられるのもめちゃくちゃ強いです。問題があるとすれば、こいつが強過ぎるのでメギドの戦闘システムを理解しないところで、未だに私は分かってません。


 以降は初心者でも使える強いメギドたちです。

シャックス(カウンター)

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 初期メンバーの一人。ミノソンのところでも書いた通り雷ダメージを与えるキャラで、スキルで敵を感電状態にするが、感電はスキルの使用を妨害できて役に立つので本当に育てたほうが良い。奥義も攻撃を受けるほど火力が上がっていくので、毎ターンHP回復できるミノソンと相性が本当に良い。

ガープ

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 最初の方のストーリーで加入するキャラ。高HPかつ高防御で味方への単体攻撃を受け持つかばう持ち。その性能上、育成がちょっと面倒なキャラである一方その分強いのは間違いない。ミノソンがいれば最初の方は必要ないですが、色々メギドが分かり始めた頃に育成を始めれば良いです。

ハルファス

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 スキル一つで敵全員殴れる強いキャラです。4回使うと防御力を下げる地割れと呼ばれる地形を敵全体につけられるのもポイントです。HPが満タンであれば覚醒が溜まったり、覚醒スキルが防御無視の攻撃であったり、色々性能がぶっ壊れてます。

クロケル(バースト)

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 味方後列の覚醒を増やせるスキル持ち。補助系キャラのはずが攻撃力も高く、奥義の火力も高い上に味方全体にターン終了時にHP回復させるので殴ってよし、補助してよしなキャラです。覚醒スキルで敵を滞水させると雷ダメージ100%上昇できるのでミノソンとの相性も良好。防御が低いので敵にトルーパー(槍マーク)がいるときはかばう持ちと一緒に使いましょう。

ゼパル(ラッシュ)

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 火力の高い連続攻撃が特徴。覚醒スキルで自身にスキルを追加していくので、一人で何回も攻撃してくれて初期でも異様な火力を出せるキャラです。敵の防御力が上がっても固定ダメージでゴリ押しができるので持っておいて損はないです。

フォラス

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 スキルで味方の攻撃力を上げられるんですが、覚醒スキルではなんと単体攻撃を全体攻撃にするバフを味方に付与できます。また自身の奥義も高火力ながら防御無視できます。しかも、自身に装備できるオーブの使用ターンを-1できます。最初から使いこなすのは難しいですが、慣れた頃によくよく見返すとおかしい性能してますのでいたら育ててあげてください。


 と、こんな感じで独断と偏見を元に初心者の為のオススメギドを紹介してみました。みなさんもメギドライフ始めましょう。

*1:諸説あり。あまり私は説明書とか熟読しないタイプなので隠れ設定(隠してはいない)が多い印象。

【積読日記】新世界より

 数年前、過去の名作と呼ばれる物たちを読んだことがなかったので読もうと思って買いこんだ結果、積読として埃を被っていた書物がいくつかある。貴志祐介の「新世界より」もその中の一つである。おそらく、5年近く本棚に眠っていたはずである。

新世界より 上中下巻セット

新世界より 上中下巻セット

  • メディア: セット買い

 本作は1000年後の日本を舞台にしており、呪力(呪いとはあるものの、この力はサイキッカーのようなもの)に目覚めた人類の物語である。この本は渡辺早季が書いた手記という形で描かれており、中央値ではないがおおよそ少年期、青年期、壮年期で上中下巻に別れている。早季を始めとした主人公たちは(意図していたかは別として)自分たちの暮らす世界の真実を解き明かしていくのだが、私たち読者も彼らと共に世界の謎に迫っていけるので、ミステリやSFが好きな人は読んで損はしないだろう。


 中身の話に移ると、この世界は神の力とも称される呪力を持ちながらも慎ましく暮らしている人々が描かれる一方、バケネズミと呼ばれる醜く知能も低い(一部個体人間と意思疎通できる)動物が労働力として使われていたり、不気味な生物たちが日常に溶け込んでいたり、昨日までいたクラスメイトが急にいなくなっても(早季を含めて)気にしなかったり、不穏な雰囲気がそこはかとなく感じられる。早季たち5人の少年少女が世界の謎に触れていく度にヴェールが捲れていき、隠されていたグロテスクな世界が見えてくる。

 序盤がつまらないという話も見るが、ホラー作家らしい不穏な描写を交えながらこのディストピアの真実が露わになっていくストーリーのおかげで個人的には上巻から没入できた。また上巻のバケネズミの抗争も世界の真実に迫る重要なピースであり、中巻の悪鬼や業魔の話を含めたこれまでのピースが当て嵌まり始める下巻までを、本作は文庫本で1300ページほどあるが、一気に読ませる魅力があったと思う。

 特に最悪(褒め言葉)だったのはバケネズミの真実に関連したものである。ミノシロモドキを手にしてそれを知ったスクィーラの屈辱と憎悪は凄まじいものがあり、逆に奇狼丸の崇高さには頭が上がらない。それに比べて何も知らない人間がスクィーラを笑いものにしていたのは滑稽極まりなかった。作中でバケネズミが人間を指して神様と呼ぶが、これに対して違和感を感じず、そして自分たちは力・精神共に優れた種族であると無邪気に信じている人間たちの変わらない愚かさ。彼らは紆余曲折を経た妥協点であり、この世界を形作った人々もそのグロテスクさを理解していたと思うが、それを意図して隠されていたと言え、あのシーンには変わることのできなかった人間たちが描かれていたように思う。本当に性格が悪い(褒め言葉)。

 ところで、本作は冒頭に「人間の記憶はあやふやで都合良く書き換えるものだ」と書かれていたが、これは単なる早季の述懐なのか、何らかのギミックなのだろうか。ところどころ地の文が当時の早季と今の早季で入れ替わっているところがあったので、もしかしたら叙述トリックのようなものが使われていたりするのだろうか。年表のような形で出来事を書き出せば何か見つかるかもしれないとは思ったりしたが、十年以上前の作品ということもあるのでまずはネットの海にでも漂ってみようと思う。

タイムパラドクスゴーストライターとは何だったのか 〜真実編〜

 タイパラ2巻が発売されました10月上旬、表紙の七篠先生でまずは盛り上がり、そして番外編で見たことある展開があったり、色々な答えが得られたりして満足して語ることがなくなっていたと油断していたら、なぜかジャンプ+でタイパラ番外編が公開されていました。

shonenjumpplus.com


 もはやタイパラについて話すことはない。それがTLの総意であったにもかかわらず、この公開以降もなぜか毎日TLでタイパラの話で盛り上がり、ついにはYahooニュースやYoutube配信などがなされるという異常事態。みなさん落ち着いてください。もう連載は2ヶ月前に終わっているんですよ。

 ということで(?)今回はタイムパラドクスゴーストライターって実際のところ、何だったのかということを考えていきたいと思います。この記事、実はいうと5回程度書こうとして中々筆が進まずに終わっているので、なんとしても今回(11/11に書いてます)で終わらせたいと思います。ちなみにこれまでの記事の振り返りでもそうでしたが、基本的にこれらの記事ではこの漫画の稚拙さなどは取り扱いませんのでご了承のほどよろしくお願いいたします*1

タイムパラドクスゴーストライター とは何だったのか

 そもそもブログで記事を上げ始めたのはこれが目的でした。中々答えが見つからない中、「ぼくらのQ」や「試作神話」という過去作を読むことで本作への理解度や解像度が爆上がりしてから本作への考え方は大きく変わりました。そのため今回の記事は後日談の内容以外にも過去作からの言及が含まれているため、人によっては幻覚と言われてしまうがもしれないがそこは大目に見てください。

 さて、本作について最初の記事では「タイムパラドクスゴーストライター は漫画家漫画ではない」と断じました。これは今でも間違っていないと思いますが、2巻での後日談を見ると違う意味合いでの「漫画家漫画」であるように思えます。タイムパラドクスゴーストライター は他の漫画家漫画のように「漫画家としてのサクセスストーリー」を描きたかったわけではないでしょう。ここからは私の感じたことを書くので異論は大いにアリなのですが、タイムパラドクスゴーストライター は「創作者はそれぞれが唯一無二であり、それだけでこの世界で物語を描き続ける理由となる」といったエールであると感じました*2。これは後日談の師匠とのやり取りや菊瀬編集の「でもその後の3つは全部君にしか描けないね、だから面白かったよ」「君の漫画、誌面に乗ってなきゃ俺は読めないんだからさ」というセリフから、「君の描く物語は君にしか描けない」ということを言いたかったところが根拠となっています。その証左として師匠から「だって『ホワイトナイト』を描いている時のお前はしんどそうだったけど最近は楽しそうだからよ!」というセリフもそれを後押ししているように思えます。また後日談の藍野伊月曰く、変な漫画を描こうとして何度も打ち切りをもらう佐々木君の姿勢は、大衆受けする漫画(菊瀬編集の言う誰にでも描けるから人気の出た漫画)よりも自分の描きたい漫画を描く姿勢もそのような結論と相違ありません。そういった意味ではタイムパラドクスゴーストライター は作者にとってこれからも自分の描きたい物語を描き続けるという宣戦布告と言ってもいいかもしれません*3

佐々木君の評価について

 本作でもっとも誤解を招いたキャラクターである佐々木君。後日談まで通して読むと、彼の漫画家としての実力も(それと菊瀬編集の趣味も)明るみになってきました。佐々木君は1話時点ではストーリーテラーとしての能力以外は遜色なく、ネームを描かないタイプの原作者であっても原作がつけば連載が取れると評しました。半分「ほんとか?」みたいな気持ちで書いていましたが、結局のところタイパラ本編では作品を描く姿勢に関する思いや哲学のみが描かれていましたので、佐々木君の漫画家としての能力の成長を描く気が無かった(言い換えれば基本的な能力は1話時点ですでに持っていた)ということがわかりました。
 作中で描かれていたのは「漫画家としての個性」というところにつきます。タイパラでは「個性のなさ」に苦しむ佐々木君と「個性を殺す」ことで名作を生み出す藍野伊月が対比されていました。この二人は「個性がない」という点では一致していましたが、どのような作品を描くのかという姿勢については一致していませんでした*4。そういった比較もあって、無個性に苦しむ佐々木君に対して「君が描く漫画は君にしか描けないんだ」という答えが得られるのは非常に綺麗な流れでしたね*5

作中で明かされなかったジャンプ妖怪おじさんとフューチャー君に関する仮説

 ついぞ、ジャンプ妖怪おじさんやフューチャー君の正体が明示されることはありませんでした。彼らは何者であったのか。これは過去編でも触れていますが、後日談公開以降に「結局何だったんだ」というツイートを結構な頻度で見ていたので、改めてここで書いていきます。
 彼らは「ぼくらのQ」と「試作神話」から設定を引用すればおおよそどのようなキャラクターであったのかが理解できます*6。「ぼくらのQ」では世界に芽生えた自意識として『世界(作中で自身のことを世界と読んでいるため)』がおり、『世界』はシミュレーションシステムとして地球を幾度も作ってはそこへ『Q』と呼ばれる球体を作り出して送り込むことで「なぜ世界が生まれたのか(なぜ私は生まれたのか)」という問いに答えられる人を探していました。次に「試作神話」では世界改変の権利を持つ存在として榎本さん(試作神話ではヒロインに相当)がいますが、彼女は普通の女子高生として高校へ通いながらも神と呼べるほどの権利を有しています。これらの構造をタイパラに採用すると、『世界』はジャンプ妖怪おじさんに、『Q』はフューチャー君にあたります。また『世界』に対応するジャンプ妖怪おじさんはジャンプ作家として生きてきた経緯が作中描写でなされているため、「試作神話」での榎本さんのように普通に人生を歩んでいたと思われます。
 ここからは直接的な作中描写はありませんが、フューチャー君が現実世界に対して何度もループを行える権限を有していることを考慮すると、それを生み出したジャンプ妖怪おじさんは「漫画に描いたことを現実にできる能力」を持っていたと考えられます。フューチャー君は10話にてジャンプ妖怪おじさんが描いた作中作のキャラクターですが、このフューチャー君はタイパラにおける現実で「時間を元に戻す」という作中作と同じ能力を持って出現しています。*7。12話でフューチャー君が自身のことを「私は人の『想像する力』が生んだ幽霊だ」というセリフとこれらの話は合致します。
 さて、それでは「なぜジャンプ妖怪おじさんはフューチャー君を介して現実世界への介入を行ったのか」ですが、これは藍野伊月に関係します。ジャンプ妖怪おじさんはかつての自分と同じ願いを持った藍野伊月との出会いを経て「全人類が楽しめる漫画を描くこと」を再び目指すことが12話で明かされています。そしてここからは何も作中描写にない(いわゆる幻覚と呼ばれる)ものですが、ジャンプ妖怪おじさんが描いた漫画が現実へ影響を及ぼして藍野伊月の死を誘引したものと思われます。これはジャンプ妖怪おじさんが直接藍野伊月を描いたのか、藍野伊月との出会いをインスピレーションしたキャラクターを描いたのかは不明ですが、この漫画のキャラクターがどうやっても死んでしまうという自体に陥ったのでしょう。作中のキャラクターが勝手に動くという話は作家へのインタビューでよく見るものですし、メタフィクションを若干含むタイパラではそういった描写をしても問題はないでしょう。この藍野伊月の死というのはジャンプ妖怪おじさんにとっては受け入れがたいものであったため、この現実を改変するために時間遡行能力を持つフューチャー君を介して藍野伊月を救うというのが、1話以前にあった話であったと思われます。

 ちなみにこの仮説については以下の謎本TLにて出てきたもの(私だけで考えたものではないです)なので、この記事をわざわざご覧いただいた方にはぜひご一読を。
タイムパラドクスゴーストライターの謎本TL 〜ジャンプ全巻持ってるおじさん編〜 - Togetter

√144の謎

 こちらはTwitterで教えていただいたので、その内容を記載いたします。
 そもそも√144が出てきたのは、佐々木君の「お前は誰だ?」という質問に対する答えとして冷蔵庫に描かれたときです。「これが答えか?」と多くの読者を悩ませてきましたが、英語圏の方が以下の考察をされていました。


・佐々木君の「お前は誰だ?」という回答は「√144=12」から12話に答えがあると示唆されている。

タイパラはメタフィクションを含むので、こういった示唆の仕方もやり方としてあるのでしょう。またTwitterでよく見ていた「自由に自由に(12*12)楽しんで描いてください」というジャンプ妖怪おじさんのセリフとの共通項も示唆されていましたので、これらの意味合いを含むと考えると佐々木君の質問に対する答えとしても、洒落っ気を見せた回答としてもこの考察が最も説得力のあるものになるかと思います。

最後に

 タイパラは連載当初からTLを賑わせ、連載終了後に話すことがなくなった途端に公式がジャンプ+に後日談を公開したり、Yahooニュースに出たり、ラジオで紹介されたり、Youtube配信がされたりとまだまだこの世界にはタイパラが溢れかえっています。そんな話題の絶えない本作の読書体験をリアルタイムでできたというのは二度とはできない非常に幸運(?)な体験であったとも言えます。タイパラとそれを巡る読書体験は2020年の一夏の思い出になった人も多くいると思いますが、これらのブログ記事がそれを追体験できるようなものであれば幸いです。

*1:別にこの宣言はこの漫画に突っ込みどころがないとか、名作であるといったことを言うものではないです。もし私がそう思っていると思っている方がいらっしゃいましたらこちらを閲覧いただければ基本的に読んでいる時にキレていたことがわかると思います。⇒ タイムパラドクスゴーストライターの14話展開の感想 - Togetter

*2:この私の感じた結論がこの真実編の筆を何度も折らせた原因でもある。私は創作者ではない上、1話の佐々木君のホワイトナイト執筆経緯はあまりにもその思考回路がハッピーであるため、こう書くのはある意味で創作をしている人たちをバカにしていると取られそうだと思ったので。

*3:後日談の佐々木君打ち切り三部作に関する描写といい、「分かって」やっているようにしか思えませんよね。

*4:3話時点の藍野伊月の熱量に対して、佐々木君はその勢いに押されて同意していましたが積極的同意をしているようには描写されていませんでした(ほんとかな?)。フューチャー君によるタイムループ時にこの辺りの齟齬を描くためにあやふやにしていたと思えますが、これは幻覚……。

*5:やりたいことがわかったが故に惜しいと悔やむ。ツイッターのTLでよく見た評価でした。

*6:過去編でも触れたように原作者のこれまでの作品では世界改変の権利を持つキャラクターが出てきており、彼らは(意図的か否かは置いておくとして)平凡とされる主人公の物語について介入します。タイパラでもそういった構造は見えますので、物語の構造としては過去作に倣うのは自然だと思われます

*7:10話の作中作にてフューチャー君はフューチャーサンダーを使うことでバクダンの時を戻しています。実際のところ、フューチャー君の能力は「時間を戻す」というものではなく「任意の世界線の任意の時間軸へ介入する」というかなり強い世界へのアクセス権限を持っていますが、その辺りは英霊とかと同じシステムだと思えば良いでしょう。

映画「TENET」の感想

 先週日曜、巷で話題のTENETを見に行った。なんだか面白そうな雰囲気は感じ取れていたので、これまで頑張って感想ツイートなどは避けて前情報ゼロを貫くことができた。映画が始まってからこの作品がクリストファー・ノーラン監督の物であると知り、ちょっと身構えたのは事実である。

 見た最初の感想はこれである。

 本作品の時間軸や設定に関する考察は既に公開からだいぶ経っているので詳細は先人に任せる。ここでは何で難しく思ったのかという感想を綴っていきたい。

 まず、TENETでは登場人物の名前を呼ぶことが非常に少ない。見終わった後に「セイター(結構最初から出ていた悪役の名前)ってあいつであってたか?」とか「そもそも主人公の名前なんだっけ・・・?」と悩んでいた
が、これは今作がいわゆる神視点から描かれておらず、徹頭徹尾主人公視点でしか描かれておらいない。観客は作品の始まりから主人公と同じだけの情報を得てTENETの世界について知っていくように作られていて、その主人公目線で観客が没入できるように作られていたと思う。実際、主人公の名前は一度も劇中では呼ばれておらず、その違和感をなくすために登場人物の名前を呼ぶこと自体を少なくしていたと思われる。この名前呼びの少なさが登場人物の関係性の把握を困難にさせており、それが物語の理解を難しくした一因であろう。

 次に、TENETは未来から送られてきた兵器を中心に、世界を滅ぼそうとする現代人の勢力とそれを阻止する近未来人の勢力が出てくるいわゆるタイムトラベル系のSF映画である。ただこれまでの映画と異なるのは、時間旅行が一瞬で終わるのではなく、普通に生きている時間の流れる順行世界に対して、逆の時間が流れる逆行世界が同時に存在している。そのため、5年前に行くためには5年間逆行にそのまま滞在しないといけない設定となっているが、これにより特定の事象に対して順行時間と逆行時間の両方から攻め立てる「挟撃作戦」が可能となっている。こういった順行時間と逆行時間の両方の視点から特定の事象を描いているため、「今どちらの世界で何が起こっているのか」といったことを考えるのが慣れないと難しいと思われる。


 この2点が理解を難しくした原因であると個人的に思っている。特に前者の「物語の目的は何か」「今主人公は何を思って何をしているのか」と行った情報がその場では得られずに最後にならないと回収できない、また主人公自体が何もわからずに戦っているため混乱を助長させている点は否めない。というかむしろそちらが主因であり、後者は特に関係なさそうであるとも思っている。実際、私もセイターの名前と作中人物がイコールで結ばれなかったり、人妻子持ちヒロインのことを「キャット!」と読んでいるのが名前だと認識できていなかったりしていたが、時系列に関してはちゃんと考えれば答えが得られたものであった。ちなみに他の人の感想など見ていると「2回目の方が楽しめる」というものがちょくちょく見られるが、この物語では開幕から逆行世界の介入(当然初見ではそれが何かを理解できない)があったり色々伏線が張られているのでその通りだなと思う一方、個人的には2回目を見に行くほどでもないかなと思ってしまった。


 一方で本作は映像が凄まじい。先に説明した通り、順行時間の世界から逆行時間にいる人間が出てきたり、その逆もあったりするのだが、「これどうやって撮影したの?」となるようなシーンが盛り盛り出てくる。格闘戦、カーチェイス、銃撃戦。どれも素晴らしい出来であるのは間違いなく、摩訶不思議な映像体験をしたい人はぜひとも劇場に足を運んで良いと思うほどの出来であったと思う。

タイムパラドクスゴーストライターとは何だったのか ~未来編~

 これまでタイパラについて振り返ってきました。
 まず初めに、タイムパラドクスゴーストライターについて各話で何を読めばよかったのか、作中描写のみを頼りに読み進めてみました。ここでタイパラ自体の物語についてはおおよそ理解できるかと思います。
qf4149.hatenablog.com
 次に2つの過去作、ぼくらのQと試作神話から作者がこれまでどのような物語を展開してきたのを振り返り、タイパラとの共通項を見出すことが出来ました。
qf4149.hatenablog.com

 そして今回の未来編では「タイムパラドクスゴーストライターは長期連載となった時、どんなストーリーとなったのか?」という難問に取り掛かりたいと思います。というのも、これは連載時から散々言われてきたことですが、タイパラはその物語の性質から長期連載に不向きであり、一体全体どのようなストーリーとするのだろうかと幾度も疑問が投げられかけてきました。そこで今回はこれまでの情報を統合して、私なりのタイムパラドクスゴーストライターを書いてみたいと思います。

物語の前提

①キャラの立ち位置
 主人公  ⇒ 平凡である佐々木君*7
 超越存在 ⇒ フューチャー君
 ヒロイン ⇒ 藍野伊月
②物語
 主人公である佐々木君が非日常的な事態に巻き込まれて超越存在と出会い、理解してヒロインを共に救いに行く
③補足
 フューチャー君は佐々木君、ないしジャンプ妖怪おじさんに関連するキャラクターであり、藍野伊月とは無関係である(試作神話のような「ヒロイン=超越存在」ではない。またフューチャ君の時空間干渉権限はほぼ全能である。

 上記前提はタイパラでの作中描写の他、過去編でまとめたぼくらのQと試作神話での物語から考えています。

物語の分岐点

 打ち切りに入った分岐点は10話です。9話目では佐々木君と編集で「このホワイトナイトならANIMAに勝てるかも」という期待感を持って次回に臨んでいました。ここで打ち切りに入らなかった場合、佐々木君のホワイトナイトは本当に藍野伊月のANIMAに勝ちます。一方でこの方法では藍野伊月の死の源流は遠ざかるどころか、輝きをなお増して藍野伊月を取り込み始めます。なぜなら、ホワイトナイトは10年後のアイノイツキが目指した『透明な傑作』であり、佐々木君がアイノイツキの模倣の精度を上げれば上げるほど藍野伊月の思想をより強固なものとして形作ってしまいます(3話で見ましたよね)。これが本来の10話です。

その後の物語

 それ故にそのまま藍野伊月は死の源流に呑まれて死んでしまいます。それはアシスタント先が佐々木君から藍野伊月へ替わった赤石君から佐々木君は「最近の藍野がおかしい」ということを聞いて「なぜホワイトナイトでANIMAに勝ったのに。」と焦り始めた矢先でした。ここで藍野伊月側の描写は連載10話にあったような詳細な範囲まで描かれず、なぜかは分からないが死んでしまったとしか読者には分かりません。そして佐々木君はフューチャー君に「なんでお前の言った通りにホワイトナイトでANIMAに勝ったのに藍野さんは死んだんだ!」とブチギレます。そして冷蔵庫に呑まれてフューチャー君と対話を始めました。

 フューチャー君は佐々木君に「君は藍野伊月の同類であり、だからこそ君に託した。そしてそれは成功したが、それでは藍野伊月を救うことが出来なかった。」「これまでの世界線で最も上手くいったのは君に託したこの世界線だ。」「藍野伊月は夢を追うが為に死んでしまったが、なぜ彼女が死に至ったのか、同類である君には分かるか。私には心がないから分からないのだ。」とか言います。そして佐々木君は「藍野伊月との同類」というところに引っ掛かりを覚えます。本当に自分は藍野伊月と同類なのか。それを確かめるために佐々木君はもう一度ホワイトナイト読切掲載後に戻してくれとフューチャー君に頼みます。そうして帰還した第3話。改めて藍野伊月との初めての出会いをやり直した佐々木君は同じ問答をして、本当に自分が藍野伊月と同類かを確認しますが、確かな答えが得られませんでした。その後、家に帰らずに公園に立ち寄って「藍野さんはなぜ死んだのだろう」「そもそも夢を追って死んでしまう彼女の夢を奪うことは正しい事なのか」などと悩んでいるとそこに謎の美女が現れました。

 なんと謎の美女は佐々木君の師匠の七篠権兵衛先生(イメージ:ぼくらのQより女刑事・星龍院茉莉花を参照のこと)でした。とりあえず佐々木君は「辛気臭い顔しやがって」という理由で七篠先生にブン投げられます。その後、佐々木君の悩み相談会となって「僕は漫画でみんなを楽しませたいと思ってました。」とかかつての自分の夢を先生に話してみると「お前の描く漫画はつまらんかったけどな、がはは!」とか笑われて地味にダメージを食らっていきます。そして、「夢を追って死ぬのは幸せなんでしょうか。」と藍野伊月を思いながら七篠先生に聞いた瞬間、また佐々木君はブン投げられます。「んなわけねぇだろ!死ぬことが幸せな人間なんてこの世にはいないし、いちゃいけねーよ!」みたいな熱血論を浴びせられた佐々木君は藍野伊月を死なせないことは間違っていないと気付き、必ず救うことを誓います。また七篠先生は「お前の漫画はつまらんかったけど、好きな漫画を描いているときのお前は楽しそうだったよ。」と言葉を残して去っていきます。

 七篠先生に活を入れられた佐々木君。かつての自分は「漫画を描くことが楽しかった」ことを思い出しました。「みんなを楽しませる漫画」を描こうとしていたのは、たくさんの人に楽しんでもらえれば、その声で自分が幸せになれるからでした。昔はその「みんな」が小学校の友達でしたが、いつしか「みんな」は見えない誰かになってしまっていたから何も生み出せませないことに気付いた佐々木君は、まずは目の前にいる編集やアシスタントを楽しめるようにとホワイトナイトのネームを見せてどう物語を作っていくかを相談しながら作品を創り上げていきます。そして2週目の世界線でのホワイトナイトはまた違った面白さを持つ作品として人気連載漫画の地位を築きますが、その一方で藍野伊月は1週目世界よりも佐々木君との距離が開いてしまいました。

 距離が開いてしまったことに焦った佐々木君は距離を詰めようと藍野伊月を映画に誘ってしまいます。ちなみにここで赤石君は滅茶苦茶動揺してしまい、それを見て佐々木君はこれが「デート」であることに気付いてしまいます。お待ちかねのデート回ですね。当日も藍野伊月は制服姿で来ていて何となく気まずい雰囲気で映画を終えてしまいます。これでは何も距離が縮まらないと悩んだところに、七篠先生が颯爽登場。ひとまず佐々木君をブン投げた後に藍野伊月を可愛がって「制服しか持ってないんだったらコイツが買うから好きな服を買え」と言います。着せ替え人形のごとく扱われた藍野伊月ですが、なぜかその親分肌に惹かれて七篠先生に懐きます。その後、3人でご飯を食べているときに、七篠先生は以前佐々木君が悩んでいた原因が目の前の藍野伊月にあると気付きます。余計なおせっかいを焼いていると藍野伊月が透明な傑作の理論について話し始めました。

 透明な傑作について聞いた七篠先生は「そんなもん描いて何が楽しいんだ。自分が楽しくなきゃ意味がないんだよ。」と一蹴します。それを聞いた藍野伊月は涙を流しながら怒って飛び出してしまいます。七篠先生は佐々木君に申し訳なさそうに謝りますが、「それでも自分を押し殺して描く作品なんて描いてはいけない」と藍野伊月に伝えるように言います。そして佐々木君が伝えようとした次の日、藍野伊月はアシスタントを辞めて作家業に専念すると編集から伝えられます。昨日のデートで何かやらかしたんじゃないかと赤石君たちから疑いの目を向けられる佐々木君ですが、そこは深く掘り下げれられません。佐々木君は良い人なので。

 そうして意固地に透明な傑作論を信じる藍野伊月との戦いが始まる…!

幻覚の限界

 これくらいしか今のところ先を見通せませんね。まあこの後の展開はどれくらいアンケ取れるか次第でもう自由にできそうです。
 まあひとまずのところ、1週目世界でホワイトナイトで勝つことが藍野伊月を生かす条件でないことに気付き、その後の2週目で藍野伊月のパーソナリティーを掘り下げていくストーリー展開となっていたんですね。この2週目にて1~7話目までの読者の引っ掛かりや疑問点を回収していくとともに藍野伊月を前面に押し出していくことでアンケを爆取りですよ。
 やり直した世界でも佐々木君はホワイトナイトを描き続けるしかありません。ホワイトナイトだけが佐々木君と藍野伊月を繋げる接点であるからですが、このホワイトナイトでは藍野伊月を救えない。そういった二律背反を解決するために、佐々木君はホワイトナイトを変えて連載していきますが、きっとどこかで限界を感じて新作を描き始めたはずです。それはホワイトナイトの読切掲載後かもしれませんし、ホワイトナイト連載時の同時連載させたりするかもしれません。また時間が足りないのであればフューチャー君に協力してもらえば問題ないでしょう。最終話の形式が変わることはありませんから、そこに着地できるようストーリーを膨らませていけばよさそうです。

 ここで思い出しましたが、フューチャー君の絡みを全然考えていませんでした。こいつを絡ませる方法ってなかなかないので、どうしたらいいのかわかりませんね。それに加えてフューチャー君の先に見えるジャンプ妖怪おじさんをどうやって絡ませるのかは全くもって分かりません。ぼくらのQであったように、藍野伊月を救った先に待っているのがジャンプ妖怪おじさんであり、そこで禅問答するかもしれません。まあ打ち切りになったがために出した特別な存在である可能性も否定できないので何とも言えません。

本当の未来編、2巻のアフターストーリー

 ところで最近2巻にアフターストーリーの描きおろしがあることが分かりました。正直、これ以上どういった物語を展開するのかはわかりませんが、佐々木君や藍野伊月、アシスタント3人衆や菊瀬編集が描かれるかもしれませんね。

 最後のタイパラ予想をしてみます。藍野伊月の結婚相手は赤石君で、物語の最後のコマはこれだと思います。