考の証

要は健忘録

映画「HELLO WORLD」の考察 正書版

 流石に前のブログでは説明がごちゃごちゃしていたので、自分の整理も兼ねてもう一度考察をして正書してみる。

 [前回更新分]
qf4149.hatenablog.com


 理解を優先してラストシーンから考えて行きましょう。一行瑠璃は劇中で堅書直実と同様の手法で堅書直実のALLTAREからのサルベージを行なっていることは精神同調率を示すゲージから示唆されている。またこのラストシーンで個人としてはっきり描かれたのは一行瑠璃と堅書直実だけで、直実は脳死から復活しているためにこの描写からALLTAREからのサルベージを行ったのは瑠璃(もしくは瑠璃が作成したAI?)であることが確定する。

 ここでALLTAREについて振り返ってみると、ALLTAREとは量子記憶装置の名称であり、京都という都市全体で起きた事象の全録(パンフレットより)である。つまり、ALLTAREで再現されたデータ類は基本的に全て起きた事象であることを示している。

 この二つから、堅書直実が十年後の自分、先生と会う前の世界(分かりにくいのでオリジナルと以後呼称)の年表は以下のように考えられる。


【2027年】
 ・堅書直実が一行瑠璃と付き合う
  同年の花火大会にて落雷事故によって一行瑠璃が脳死状態に陥る

【2027〜37年】
 ・堅書直実は京斗大学の千古教授の研究発表(ALLTAREデータを用いた脳死マウスの復活)を聞き、
  ALLTAREを用いた一行瑠璃の脳死状態からの回復を目的として行動を開始する

 ・堅書直実が「クロニクル京都(ALLTAREを用いた都市の全事象の記録プロジェクト)」に参加、
  千古教授の元で研究員として出世し、システム管理者の権限を得る

 ・堅書直実はALLTAREへのダイヴシステムを完成させるが、その実験の最中に脊髄損傷の事故に遭い、左下肢麻痺となる。

【2037年】
 ・堅書直実がALLTAREへダイヴして一行瑠璃のサルベージを実行、一行瑠璃は脳死状態から回復する

 ・このサルベージのALLTAREへのダイヴ、もしくはサルベージ後のALLTAREの欠損データ修復作業など、
  何かしらの原因により堅書直実は脳死状態に陥る

【2037〜??年】
 堅書直実のデスクにある教授宛の手紙を千古教授が発見する(EDのワンシーン、おそらくここにラストシーンとの補完描写があると推定)
 千古教授とそのラボメンバーは堅書直実が一行瑠璃を救う為に行ったことを知る
 これ以降のどこかで一行瑠璃が堅書直実の計画を知り、同様の方法で堅書直実を救うことを決断する

【20??年】
 計画を実現すべく、一行瑠璃が堅書直実をサルベージするためにALLTAREへ三本足のカラスとしてダイヴする
 ダイヴ先は2037年のALLTAREで堅書直実が2027年にダイヴする前の記録時空間、
 もしくは2037年の堅書直実がダイヴした2027年の記録時空間(オリジナルのALLTARE内のALTTARE)のどちらか


 ということが出来事が、ALLTAREのデータ内で堅書直実と先生が会う前に起こったことである。そのため、本作はこのオリジナル世界、ALTTARE内の2037年の世界、ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界という三重の世界構造を理解することが必要不可欠であろう。ちなみに余談だけど、一行瑠璃のダイヴ先がどちらかなのか分からないのは、
①先生はカラスのことを元から知っている口振りであることから、オリジナルの2037年で用意したものと推定されるので、こちらから入った方が良い(気がする)
②ALLTARE内の2027年の堅書直実は先生が伏見稲荷にダイヴするよりも前に赤いオーロラとカラスを目撃していることから、カラスは堅書直実よりも早い段階でダイヴしている
という辺りが矛盾している気がするからである。そもそもオリジナル世界からダイヴしたALLTARE内2037年の世界から更にダイヴしたALLTARE内2027年に直接ダイヴするのは流石に無茶すぎる気がするから迷っているところではある。この辺りは考えてもわからないので放置しておこう。

 さて、一行瑠璃がALLTARE内へ三本足のカラスとしてダイヴしたのを当然のように話しているけれど、これはちゃんと理由がある。【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】にて先生が瑠璃をサルベージして世界が崩壊した後の論理物理干渉野(パンフレットより引用、崩壊した世界に神社だけがあった空間のこと)にて、堅書直実に三本足のカラスが「一行瑠璃を取り戻したいか」と問いかけているシーンがある。それまでに先生はカラスを道具のように扱っていたので、先生自身カラスに意思があると思っていなかった節がある。恐らくはオリジナル世界でも先生は自らALLTARE世界に道具としてカラスを持ち込んでいたと思われるので、このカラスに成り代わっていることが推測される。また【ALLTARE内の2037年の世界】でも三本足のカラスはあの異常事態の中でも堅書直実と一行瑠璃を元の世界へ還すための正解を知っていた。【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】でも【ALLTARE内の2037年の世界】でも異質な存在であるあのカラスはそのさらなる上位世界からやってきたと考えるのが妥当である。モチーフの話をすれば、この三本足のカラスは八咫烏のことを示していると思われるが、八咫烏は導きの神である。最初のシーンでは堅書直実を先生が現れる伏見稲荷へと、論理物理干渉野では堅書直実をALLTARE内の2037年の一行瑠璃の元へと、ALLTARE内の2037年では堅書直実と一行瑠璃を元の世界へとカラスが導いており、八咫烏の導きの神としての性質をこれでもかと見せている。加えて堅書直実の精神状態を同調させるという意味での導きもその中に含まれていると思われる。ALLTAREへのダイヴの際に姿形が変えられることは先生から説明(腕を機械に変えるなど実践もした)があったため、一行瑠璃が三本足のカラスとしてダイヴしたのも矛盾なく説明できる。
 ではなぜ一行瑠璃はオリジナル世界から二回もダイヴしなければならなかったのか。それは脳死状態からの回復には、脳死状態直前の精神状態をALLTARE内で再現してそのデータをサルベージする必要があるからである(劇中での説明あり)。そして脳死となった堅書直実は、2037年のALLTARE内の2027年へのダイヴが原因となってその状態となったからであろう(こっちは推測)。ただし、堅書直実はALLTARE内の2027年のダイヴそのものは成功していたが、その後処理を間違えたために脳死状態となったという仮説の方が有力であろう。これは先生が瑠璃のサルベージの際には脳死状態に陥った落雷事故が起きるまで待っていたこと、堅書直美がオリジナル世界にサルベージされたのは京都駅の階段上で自分と握手して【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】の堅書直実が元の世界へ戻る際に光へと変化したことから推測できる。この辺りの詳細についてはスピンオフアニメの方で説明があるかもしれない。

 ちなみに三本足のカラスは一行瑠璃であるとして説明を続けてきたけど、これ本当は一行瑠璃のアバターではなく、一行瑠璃(とラボメンバー)が作成した人工知能である可能性も捨てきれない。ALLTARE内の2037年の世界にて、同一座標に同一人物が複数存在するということをALLTAREがエラーとして認識して、具体的には一行瑠璃を排除しようとしていた。ちなみに同一世界に同一人物が複数存在することは、【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】にて先生と堅書直実を排除しようとシステムは作動しなかったので問題はないように思えるが、【ALLTARE内の2037年の世界】では一行瑠璃が元の世界へ還った後に先生と堅書直実がエラー対象として認識されていたので、潜在的な危険性はありそう。オリジナル世界にて、堅書直実の回復を喜ぶ人間が結構な数描かれていたので、このサルベージは綿密に計画を立てていたのであろうし、そう考えるとわずかな危険も排除しようと人工知能を使うのも選択肢として十分にありえるかな、と。ただ、人間ではなく人工知能を用いるというのは臨機応変に対応が求められる場においてかなりのリスクもありそうだし、このメンバーはかなり議論したんだろうなぁ。


 そんなこんなで、HELLO WORLDとは堅書直実と先生のW主人公で一行瑠璃を助ける映画と思わせておきながら、実は一行瑠璃が自分を助けてくれた堅書直実を助け出すというストーリーなのでした。しかもオリジナル世界の堅書直美と【ALLTARE内の2037年のALLTARE内の2027年の世界】の堅書直実と一行瑠璃の三人を全て救うという超絶難易度のサルベージを成功させた一行瑠璃は描かれていなかったけど、相当に優秀な人だったんだろうな。

 そしてこの考察が正解だとすると、堅書直実と一行瑠璃って実は言うと一緒の時間を過ごした時間が極端に少なく、どちらかが起きている時にはどちらかは眠っているといういわばずっと片想いの時間が続く訳で、相当切ないストーリーだと思う。最初に堅書直実が一行瑠璃をサルベージした時、堅書直実は独りでほぼ狂気に染まりながら研究を続けていただろうし、一行瑠璃が堅書直実をサルベージする時には仲間がいただろうけど、自分のことをただひたすら十年間一人で救おうとした人のことを考えていただろうし、なんだこのカップル。これから末長く幸せになれよ。


 もはや自分がこの話の主人公を最後の一瞬しか出番のなかった成長した一行瑠璃として認識してるところがあるな。まあまだ色々思うところはあるし、仮説じみた考えもあるけれどこれ以上増やすともっと分からなくなりそうだなので、今回はこれまでにしておきましょう。

【積読日記】生ける屍の結末

 おそらく去年の今頃だったか、ツイッターか何かで「黒バス脅迫事件の犯人が書いた本がある」という話を聞き、その感想に興味を持った。その頃は確か本屋に行っても売られていなかったため、アマゾンでほしい物リストに入れて終わっていた。そんなこんなでつい先日まで忘れていた訳だが、リストを見返したときにこの存在を思い出した。在庫もありすぐに発送できるということで早速購入し、積む前に読破することができた。そして今このブログに感想を連ねているところである。本そのものは積まなかったが、リストに入っている期間を含めれば実質的な積読であることは間違いない。

 本書は脅迫事件の犯人である渡邊博史氏の獄中手記である。前編は事件前から逮捕までが、後編は冒頭意見陳述から自身の犯行動機の分析と最終意見陳述が書かれており、最後にちょっとした解説を精神科医や本書を出版することになった出版社の編集長らが寄稿している。

 (こういうと不謹慎であることは承知の上だが)前編は犯人から見た事件の真相が描かれているため、ミステリでの犯人の自白を読んでいるかのようで興味深いものがあった。その頃、私はジャンプを読んで黒子のバスケも面白く読んでいた読者の一人であった。しかし、それ以上でも以下でもなく、同人誌を作ることはおろか、買うことすらもしていなかったため、あまりこの事件について深く知っているわけではない。それでも、当時の世間の認識と犯人の視点では当然のことながら相違があることは分かり、未解決事件についてテレビでまことしやかに語る識者というものは(元からしてはいないが)信頼できたものではないなと実感した。これに関しては、一般論としても当てることは不可能に近いのだから特段責めるものではないとも思ってはいる。

 一方で、本書で読むべきは逮捕後以降、著者がなぜ自身がこの犯行に至ったのかを分析した後編にある。裁判が始まった冒頭意見陳述は注目度の高い事件でもあったためニュースにもなっていたが、著者自身でもこのときに述べた犯行動機については当時自身なりにまとめたものであったが、腑に落ちていなかったようだ。それからいくつかの書籍を読み、著者は犯行動機について自身の中で明確な答えを見出し、それを書き連ねた最終意見陳述は確かに一読に値するものであった。ここでは、最も読むのが辛かった部分を引用する。

 自分は誰からも嫌われていると思っていました。
 自分は何かを好きになったり、誰かを愛する資格はないと思っていました。
 自分は努力しても可能性はないと思っていました。
 自分は以上に汚い容姿だと思っていました。
 どうもそれらが間違った思い込みに過ぎなかったと理解した瞬間に、今まで自分の感情を支配していた対人恐怖と対社会恐怖が雲散霧消してしまいました。
(P.274 13~18行)


 私はこの事件の当事者や被害者ではなく、同人誌にも手を出していなかったために全くの第三者である。だから言えることではあると思うが、著書の中で刑期を終えて出所したら自殺すると何度も繰り返し書かれていたが、渡邊博史氏には生きて欲しいと思った。判決を受けたのは2014年、刑期は4年6ヶ月であるため、もう釈放されているはずであるが、もしかしたら今はもう亡くなっているのかもしれない。どうやらそれは裁判中に著者が出会った人たちからも同じようなことを言われているようで、その言葉が届いていたことを願うばかりである。著者はいじめや虐待からいかに逃れるかを生きる方針としていたが、高校時代での父親の死から被虐うつの状態に陥り、勉学に励むことができなかったと述べている。著者自身は自分には何も能力がないと語っていたが、高校自体は地元で一番の高校であったこと、また何よりこの本の最初は明らかに書き慣れていない人の文章であったにもかかわらず、最後にはそれを微塵も感じさせないほどの文を書くにまで至ったことから、それは環境による自己肯定感のなさによるものなのだろうと推測される。

 この本の中で著者は小学校や塾でのいじめや両親からの虐待などから自己愛を育むことや自らを受け入れてくれる場所に恵まれたなかったことを述懐している。それは裁判所で提出した一問一答形式の書証であり、そこから本書に引用されている。同じように自身の過去を詳細に振り返り、それを書面に起こして他者に触れられるようにする行為をしたら私は発狂するかもな、と思いながら読んでいた。著者は度々、自らの感じ方が他人とは大きく異なっていたことを触れていたので、もしかしたらこの作業も辛くなかったかもしれないが、それはそれで遣る瀬なさがある。
 私はこの著者ほど壮絶な人生を送ってきた訳ではないが、思い出したくもない過去というものは存在する。私はそれをただ忘れることで消化してきた。それを思い出すことすらしたくはない。それは自身の心の傷を再び捲り、塩を塗り込む行為に他ならないと思っているからであり、だからこそその話は今まで誰にもしてきたことはない。そのせいか、私自身の人間性というものは根拠のない自己肯定と根拠のない自己否定が絶えず同居している。それは普通のことかもしれない。今の生きづらさは他のことに理由があるのかもしれない。それでも私はこれからの人生もその原因としてもはや風化した過去に求めてしまうのだろう。だからこそ、過去を振り返り、自身を理解し、乗り越えた著者は尊敬に値するのだと思う。こう言えるのも、解説にあった通り、この事件では死傷者が一人も出ていないからだと思う。死傷者が出なかったのはただ運がよかっただけであると述懐されていたが、それを運ではなく著者の善性に求めたいと思ってしまうのは私だけではないと思いたい。

【読書日記】三体Ⅲ 死神永生 上下巻

 この週末はウマ娘を絶ち、25日に発売した三体Ⅲを読んだ。

 三体ⅠとⅡを読んだとき、この物語はこれで終わっていても満点であると感じた。一方で、三体は世界的の評価されている作品であり、この二作の続編を更に書いたという点でⅢの死神永生は首を長くして待っていた一作である。


 これまでの三体ⅠとⅡでは「困難な状況に対して正解を引き当てる」物語であった一方、Ⅲでは「全ての物事に対して失敗を引き続ける」物語で読んでいる最中は結構ストレスのある話運び(ここでいうストレスは面白い、つまらないの軸ではない)であった。それこそ階梯計画は唯一の成功したものといえるが、今作の主人公である程心にとってはこの計画こそが全ての失敗の始まりとも言える。この計画から共に関わっていたトマス・ウェイドは常に正解を引く人物であった一方で、おそらく劇中でも述べられていたように彼が主導したとしても結果は変わらなかったと思われる。それは時代時代における人類の選択が成した結果であり、程心はただその結果を背負わされただけであると言えるからだ。彼女が成した選択は人類がこれまで築いてきた価値観によるもので、大多数の人間は「自分の母親を売春宿に売り払う」ことはできないし、それによって助かることを理解していたとしても受け入れられなかっただろう。そしてそのことを本当に理解した人類とは違い、その選択を成した大多数の人類が終末において取った行動の愚かさは見ていられないものがあるが、こういった感想を抱けるのは当事者ではない読者であるからというのは覚えておく必要があるだろう。この短期間的な視点での選択が長期間的には間違っているという話は最近読んだホモ・サピエンス全史に通ずるものを感じる。その日をよりよく生きていくことを是としたとしてもよくなるとは限らない。ベストな選択肢はベターな選択肢だけを選ぶだけでは決しては辿り着けない。その一方、そういった愚かさの積み重ねを描いた劉慈欣が選んだ結末がその人類の成長を否定せず、それこそが正しい選択であるとしたことも重要だと思う。例え愚かであろうと、失敗を積み重ねようと、他者を想い愛することは決して間違いではない。


 ところで三体はハードSFであるが、その一方でエンタメ的な側面も強く出ている。Ⅰのナノマテリアルによる巨大タンカー切断というのはその象徴である。三体は物語が進むにつれてSFとしての要素が強く反映されている(私は最終的にインターステラーを思い出した)が、それはそれとしてⅢではSF劇の合間にトンデモエンタメが入っていた。智子の日本刀による戦闘描写などその最たる例だろう。智子はアンドロイドであり、レーザー銃などの未来的な武装を使用して良いし、なんなら小型の水滴を出しても良かったはずだ。それなのに智子は2本の日本刀を使って人体解体ショーを行ったが、これは思わず笑ってしまった。何ヶ月かしたらツイッターで智子与太をしていてもおかしくない。忍者的な容姿をしていたこともある上に最後までその姿勢を貫き通していたところを見るに、おそらくこの要素は三体人が人類文化の中でも特にお気に入りだったに違いない。


 さて、今作でも三体人についてはあまり描かれなかった上に、彼らは人類文化を摂取することで嘘や策略を覚えたと言われている。実際に三体人は執剣者変更に伴い暗黒森林抑制のための重力波装置破壊や物理学の基礎理論に関して間違いを含めて伝えたことが描かれている。そのためⅢにおける三体人について知ることは難しく、かなりの領分で読者の想像に委ねられていると思われる。例えば、母星座標送信以降の三体人に関してはかなり不明な点が多い。曲率推進による空間歪みは光速航行が可能であることを全宇宙に知らしめる痕跡である一方、この空間歪みこそが暗黒領域を形成するために必要な要素であることがわかっている。三体人の技術力は地球人類との遭遇以降、線型的な成長速度から指数的なものに変化したと言われていた。また智子と羅輯の問答から三体人はその頃から暗黒領域による全宇宙への安全通知を理論的に理解していたことがわかる。だが彼らは母星や太陽系を支配して暗黒領域に閉ざすことはしなかった。これは推測ではあるが、座標通知時に三体人は理論こそ持っていてもそれを実現するリソースを持っていなかったと思われる。そもそも三体人は母星が三体問題に起因する乱期が外宇宙への進出の動機になっているため、母星を暗黒領域に閉じ込めることはできなかったのだろう。また座標通知以前の記録を辿れば太陽系も暗黒森林攻撃に曝されることが確定しており、暗黒領域形成完了までに暗黒森林攻撃が来ないように祈るのは不確定要素が強く、それを彼らは良しとしなかったとも捉えられる。三体人が曲率推進による外宇宙への進出を第一艦隊、第二艦隊でしていないところを見るに、おそらく大多数の三体人が母星で命を落としたと思われるが、これは地球人類とはかなり異なっている。太陽系侵略という大義名分があったとしても全ての三体人が光速航行の恩恵に与る数は限りがある。それは地球人類のような政治体制では許容できないと思われるため、三体人が人類文化によって価値観や政治体制まで変貌させたというのはおそらく過大に伝えていたのだろう。
 雲天明の3つの物語の意味に関しても、おそらく三体人は理解していたのではないかと思う。暗黒森林理論に基づく暗黒領域は狩人だけでなく他の知的生命体に対する安全通知である。光速航行技術が確立される頃には人類は暗黒領域について理解している。またこれらの技術に対して既に母星を失った三体人にとって何らデメリットを受けない(人類が生き残るという点に対して三体人の思うところはあるかもしれないが)。雲天明が直接的に程心へ話すことは流石に止めるであろうが、物語に紛れて伝えるのは見逃したと捉えれば、それは三体人の羅輯に対する敬意と同じ理解ができると思われる。三体人、実は言うとかなりお人好しな種族として私の中で認知されているのでちょっとこの解釈は歪んでるかもしれない。


 それにしても、本作でⅡのにおいて<自然選択>とともに未来への逃亡をした<藍色空間>が物語において重要な役割を果たしたのは章北海が好きな私にとってとても嬉しい展開であった。<万有引力>よりも劣った戦艦であるにもかかわらず、あの無敵と思われた水滴を打ち破ったのは本当に良かった。四次元空間からの三次元空間への干渉攻撃は反則もいいところで、魔法というよりも神法と呼ぶべきものだろう。この辺りの描写やそれに引き続く二次元化の描写、その後の小宇宙などはインターステラーブラックホールの中を思い起こさせるようなものだった。よくこれを文章に起こそうと思ったなと感心している。



 時間も遅くなってきたので、感想を書くのを打ち切りたいと思う。こう感想を書いていると最初から読みたく直したくなってきた。積んでいる本がたくさんある中、既に読んだ本を読み返すというのはちょっと罪悪感があるが、まあ数年単位で眠っている本もある中で1ヶ月くらい積んでいる時間が伸びるのは大した差はないかもしれない。

プリンセスプリンシパルを1話から劇場版まで1日で駆け抜けた感想

 プリンセスプリンシパル、TLでも胡乱な人たちがよく話していたことだけは覚えていたので、いつか見ようと思っていたけれどなかなか見る機会がなかった。そう思っていたら、モルカーを見る為にYoutubeを開くとバンダイナムコチャンネルで12話を無料公開していることを知ったので見始めたら、なんと劇場公開初日が今日であることを知り、1日で駆け抜けました。

www.youtube.com

 Youtubeでは14日までの無料公開なので、ぜひ見ていない方は上のリンクから見て欲しい。


 大方の感想は今日のツイッターに放流しているので改めて書くことは少ないのだが、多少は被る前提で書いていきたい。

 プリプリの特徴は、まず放映順が時系列順ではないことである(確かハルヒ一期もそうだったと思う)。各話の題名には「Case xx」とあり、これが時系列を表す。プリプリ自体は日常系などではなく通常のストーリーであるため、時系列順でないと混乱するのでは?と思いながら視聴を進めていたが、物語は最低限の説明だけが与えられて進んで行く。逆にこの説明量の少なさによって混乱せずに見られたように思う。この構成の凄さは特に1話にあり、通常は主人公たちの置かれた状況やどういう物語であるかを説明する必要があると思うが、本作では主人公たちスパイが攫って来た亡命希望者にスポットを当て、彼に説明する方法で視聴者にも様々な情報が与えられている。このやり方が非常にスマートで無駄がない。おそらく放映順ではなく時系列順に見ても全く違和感のない演出であったと思う。まあ今日1日で全話を駆け抜け、ろくに考えられていない頭ではなぜこの構成にしたのか、その狙いまでは理解できていないところが本音である。とりあえず、しばらくは色々な情報を追っていきたい。

 構成の話をしたので次は作画の話をしていきたい。本作では全編等して作画が不安定になったことは一度もない。特に作画崩壊という訳でもないが違和感を感じた作画というのをこれまで見てことがあるが、本作では常に整った綺麗な作画で物語が進行していく。またスパイアクションの動きも凄まじい。特にその本領が発揮された5話の十兵衛vsちせ戦ではおそらく数分ではあったと思うが、狭い車内での戦闘であるのにここまで動かすのかと本当に驚いた。この戦闘は作画もすごかったが、戦闘の演出や構成、物語上の意味も含めて本当に良い回であったと思う。5話は何もかもが良かった。ここが本作にハマった瞬間であると思う。早くちせが本領を発揮できる強敵が出てきて欲しいと願う一方、その敵は本当に強過ぎると思うのでご遠慮願いたいとも思ってしまう。

 物語という点ではプリンセスとアンジェの2話の会話シーン、8話を見た後ではその意味が明らかになっていく演出が良かった。そもそも本作は時系列順ではないという縛りがあるため、単話での構成が必須である為にそれぞれの話に載せられる情報量が限られる一方で一話一話でのクオリティの高さも求められている。それでも各話単品で見ても十二分に面白い上に、各話同士の関係性を紐解いて行くと更に面白みが増していく構成。このアニメを作るのに一体どれほどの時間が費やされたのだろうか。もっと各話を見返して情報を整理していきたいが、無料期間中にもう一度見返すことができないのが残念でならない。wikipediaで確認したら、本作の脚本はコードギアスでもおなじみの大河内一楼さんだった。2話の屋根裏部屋で話そうの合図が使われていて「コードギアスだ!」とはしゃいでいたが、これで納得がいった。

 さて、TV版の話をしたので劇場版の話をしたいところではあるが、ちょっと1日で駆け抜けたためにあまり頭が整理されていないのでこの辺りで一旦今回は終わりにする。これから色々情報を集めたりして、もう一回劇場に足を運ぶことがあったらそこで改めて感想を書こうと思う。

p.s. そのうち各話の振り返り感想もここに追記します。

2/12 ほんのちょっとの追記、劇場版感想若干含む。

 本作では敵味方は明確に別れている一方でどちらが正しいか、悪かという視点ではほぼ描かれていないのが意外だった(case22,23あたりの共和国軍部は悪で王国側は利用されていたとも言える)。また敵であるノルマンディ公はプリンセスの伯父と比較的接触しやすい位置におり、地上波最終回で主人公チームは派手にやらかしているので共和国にはもちろん、王国側にも広く知れ渡った存在となったと思われる。ここで、プリンセスの目的は平たく言えば「女王即位による解放と平和」であり、その手段として共和国と取引している。そういったことを考慮すると、将来的に正体を明かした上でのノルマンディ公との取引や王国側への寝返りというのも今後あり得る展開なんだと思う。この辺りの展開に関してはスパイとして、友人として嘘をつくことも出てくると思うが、それは劇場版のビショップの末路とも重なるところもあるため、中々これからの物語が重くなっていくと思った。今のところ一番の嘘つきはプリンセス、次点でアンジェだが、更に嘘を重ねていくポジションはプリンセスだと思うので中々に次回以降が怖いのですが、できれば間隔を上げずにみたいので制作会社には頑張っていただきたい。

【積読日記】2001年宇宙の旅

 最近、週刊少年ジャンプの物語の展開スピードは伊達じゃない。これまでの漫画であったのような展開の速度でも「これ、遅くない?」みたいな感想を抱いてしまう。その象徴が昨年から連載されたアンデッドアンラックである。打ち切り漫画は連載終了したと同時に最後の設定大解放によって読者に「面白いのに終わっちゃうのか」という感想を抱かせるが、アンデッドアンラックは常にその設定大解放をし続けており、最大速度で常に最高の面白さを提供している。


 さて、そんな話を冒頭でしたのは理由がある。今回読んだ「2001年宇宙の旅」はそれと真逆の作品だからである。

 この作品は1968年に出版されたものであるが、これは元々映画と同時並行で作成されていた小説である。物語は人類が月でモノリスを発見したことから地球外知的生命体がいることを知り、その痕跡のある土星の衛星ヤペタス(イアペトゥス)を目指すというものである。ヤペタスを目指す宇宙船にはHAL9000と呼ばれるAIを搭載したコンピュータがいたり、木星の重力を利用したスイングバイを活用した宇宙航行が描かれている。

 この作品はかなり物語がゆっくり進行しており、大きな変化が起こるまでに200ページ程度読まなければならない。そういった意味で、冒頭で述べたようなジャンプを読んでいる身として物語のスピードが遅すぎて退屈さを感じてしまったことは否めない。そもそもジャンプのスピード感自体がおかしく、ガラパゴスを形成しているのであるが、これに慣れ親しんでいたのが悪いと言えるだろう。

 一方で、この作品の醍醐味はスピードや展開の意外さなどではない。重要なのは、この作品が「1968年までに執筆された」ということである。今から53年前である1968年は日本では学生闘争が起こっていたり、アメリカではアポロ8号が月へ行っていた頃である。その頃にこの作品が描かれたということに価値があるということは、おそらくこの本や映画を見た方には理解して頂けるのではないだろうか。まだ人類が月へ足を付けた頃、いかにリアルな宇宙の旅を描くかという壮大な課題へ挑んだのが本作である。実際、物語が動き始めるまでの間では地球から月への移動や木星を介した宇宙航行が克明に描かれている。まだ2021年現在で人類は気軽に宇宙旅行を行ったり、月面基地を建設できてはいないが、これらの描写には大きな間違いはない。また惑星の重力を利用したスイングバイによる宇宙航行は惑星探査機であるボイジャー1号と2号が実際に行ったものである。1968年当時でこの作品に出会っていたならば、今の宇宙開発に対して非常に感慨深いものがあるだろう。またそういったリアルな宇宙の旅を描きつつ、最後の展開は空想や夢を託したSFあることから、本作がSFの代表作として挙げられるのは異論ないだろう。

 2021年から30~40年後の世界はどうなっているだろうか。人類は月面基地を築いているのか。火星へ人類は辿り着けているだろうか。エンケラドゥスエウロパに生命がいるだろうか。そもそも宇宙への進出が続いているかも分からず、もしかしたら虐殺器官からハーモニーへとつながるディストピアの方が今のリアリティに溢れているかもしれない。

【メギド72】初心者の為のオススメギド

 先日、メギド72でようやく最新話に追いつきました。

 メギド72はストーリーが良く、ついつい進めてしまう一方、戦闘システムがやたら難解*1で諦めてしまうようで、友人もこれで辞めてしまった。

 戦闘システムの分かりにくい一例


 メギドの戦闘が難しい理由として協奏やHボム、点穴など色々な戦略を使って攻略することにあるが、これは理解できれば逆に戦闘が面白くなるので大事なのは戦闘システムを理解しなくてもストーリーがある程度進められることが途中で諦めないために必要なことだと思う。実際、私は戦闘システムをしっかり理解し始めたのは8章あるストーリーのうち、7章辺りからである。
 そういう訳で今回は初心者が勧める初心者の為のオススメギドを紹介します。メギドは最初に納得いくまでリセマラできるよう公式が取り計らってくれてますので、出てくるまで頑張ってみてもいいかもしれないです。

ミノソン

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 こいつだけいれば問題ありません。

 ……いえ、これは結構な本気です。私は8章までにある84回のボス戦のうち、ミノソンをリーダーにしなかったのは5回程度しかないです。つまり、ミノソンはほぼ全てのバトルで活躍できます。リーダーにしなかった5回くらいのうち、パーティー入りすらしなかったのは2回くらいですので、その強さはわかっていただけるのではないでしょうか。
 メギドはリーダーに据えたキャラによって編成パーティーへの効果が変わってきますが、ミノソンはその中でもおかしい性能をしています。というのも、ミノソンは自身をリーダーに戦闘開始時に万雷の加護と呼ばれる地形バフを味方全体に2ターン付与させます。

万雷の加護の特性
・雷ダメージ70%上昇
・雷攻撃時、ヒット回数×与えたダメージの0.5倍の雷追加攻撃
・ターン終了時、HP20%回復

 よく読んでもわからないと思いますが、ミノソンのスキルは雷ダメージを与えるものなので、適当にスキルを使っていれば戦闘が終わります。また毎ターン回復できるというのも強く、HP回復手段に乏しいメギドの戦闘において毎ターン味方全体回復というのはぶっ壊れもいいところです。またミノソン自身の奥義も火力が高いことや、初期メンバーのシャックス(スキル、奥義が雷ダメージ)とも相性が良いため、一部を除いて4章までは特に苦労せずにクリアできます。5章以降も苦労はしますがどうにかなります。また覚醒スキルで再度万雷の加護を付与できるので味方全体の地形を塗り替えられるのもめちゃくちゃ強いです。問題があるとすれば、こいつが強過ぎるのでメギドの戦闘システムを理解しないところで、未だに私は分かってません。


 以降は初心者でも使える強いメギドたちです。

シャックス(カウンター)

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 初期メンバーの一人。ミノソンのところでも書いた通り雷ダメージを与えるキャラで、スキルで敵を感電状態にするが、感電はスキルの使用を妨害できて役に立つので本当に育てたほうが良い。奥義も攻撃を受けるほど火力が上がっていくので、毎ターンHP回復できるミノソンと相性が本当に良い。

ガープ

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 最初の方のストーリーで加入するキャラ。高HPかつ高防御で味方への単体攻撃を受け持つかばう持ち。その性能上、育成がちょっと面倒なキャラである一方その分強いのは間違いない。ミノソンがいれば最初の方は必要ないですが、色々メギドが分かり始めた頃に育成を始めれば良いです。

ハルファス

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 スキル一つで敵全員殴れる強いキャラです。4回使うと防御力を下げる地割れと呼ばれる地形を敵全体につけられるのもポイントです。HPが満タンであれば覚醒が溜まったり、覚醒スキルが防御無視の攻撃であったり、色々性能がぶっ壊れてます。

クロケル(バースト)

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 味方後列の覚醒を増やせるスキル持ち。補助系キャラのはずが攻撃力も高く、奥義の火力も高い上に味方全体にターン終了時にHP回復させるので殴ってよし、補助してよしなキャラです。覚醒スキルで敵を滞水させると雷ダメージ100%上昇できるのでミノソンとの相性も良好。防御が低いので敵にトルーパー(槍マーク)がいるときはかばう持ちと一緒に使いましょう。

ゼパル(ラッシュ)

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 火力の高い連続攻撃が特徴。覚醒スキルで自身にスキルを追加していくので、一人で何回も攻撃してくれて初期でも異様な火力を出せるキャラです。敵の防御力が上がっても固定ダメージでゴリ押しができるので持っておいて損はないです。

フォラス

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 スキルで味方の攻撃力を上げられるんですが、覚醒スキルではなんと単体攻撃を全体攻撃にするバフを味方に付与できます。また自身の奥義も高火力ながら防御無視できます。しかも、自身に装備できるオーブの使用ターンを-1できます。最初から使いこなすのは難しいですが、慣れた頃によくよく見返すとおかしい性能してますのでいたら育ててあげてください。


 と、こんな感じで独断と偏見を元に初心者の為のオススメギドを紹介してみました。みなさんもメギドライフ始めましょう。

*1:諸説あり。あまり私は説明書とか熟読しないタイプなので隠れ設定(隠してはいない)が多い印象。

【積読日記】新世界より

 数年前、過去の名作と呼ばれる物たちを読んだことがなかったので読もうと思って買いこんだ結果、積読として埃を被っていた書物がいくつかある。貴志祐介の「新世界より」もその中の一つである。おそらく、5年近く本棚に眠っていたはずである。

 本作は1000年後の日本を舞台にしており、呪力(呪いとはあるものの、この力はサイキッカーのようなもの)に目覚めた人類の物語である。この本は渡辺早季が書いた手記という形で描かれており、中央値ではないがおおよそ少年期、青年期、壮年期で上中下巻に別れている。早季を始めとした主人公たちは(意図していたかは別として)自分たちの暮らす世界の真実を解き明かしていくのだが、私たち読者も彼らと共に世界の謎に迫っていけるので、ミステリやSFが好きな人は読んで損はしないだろう。


 中身の話に移ると、この世界は神の力とも称される呪力を持ちながらも慎ましく暮らしている人々が描かれる一方、バケネズミと呼ばれる醜く知能も低い(一部個体人間と意思疎通できる)動物が労働力として使われていたり、不気味な生物たちが日常に溶け込んでいたり、昨日までいたクラスメイトが急にいなくなっても(早季を含めて)気にしなかったり、不穏な雰囲気がそこはかとなく感じられる。早季たち5人の少年少女が世界の謎に触れていく度にヴェールが捲れていき、隠されていたグロテスクな世界が見えてくる。

 序盤がつまらないという話も見るが、ホラー作家らしい不穏な描写を交えながらこのディストピアの真実が露わになっていくストーリーのおかげで個人的には上巻から没入できた。また上巻のバケネズミの抗争も世界の真実に迫る重要なピースであり、中巻の悪鬼や業魔の話を含めたこれまでのピースが当て嵌まり始める下巻までを、本作は文庫本で1300ページほどあるが、一気に読ませる魅力があったと思う。

 特に最悪(褒め言葉)だったのはバケネズミの真実に関連したものである。ミノシロモドキを手にしてそれを知ったスクィーラの屈辱と憎悪は凄まじいものがあり、逆に奇狼丸の崇高さには頭が上がらない。それに比べて何も知らない人間がスクィーラを笑いものにしていたのは滑稽極まりなかった。作中でバケネズミが人間を指して神様と呼ぶが、これに対して違和感を感じず、そして自分たちは力・精神共に優れた種族であると無邪気に信じている人間たちの変わらない愚かさ。彼らは紆余曲折を経た妥協点であり、この世界を形作った人々もそのグロテスクさを理解していたと思うが、それを意図して隠されていたと言え、あのシーンには変わることのできなかった人間たちが描かれていたように思う。本当に性格が悪い(褒め言葉)。

 ところで、本作は冒頭に「人間の記憶はあやふやで都合良く書き換えるものだ」と書かれていたが、これは単なる早季の述懐なのか、何らかのギミックなのだろうか。ところどころ地の文が当時の早季と今の早季で入れ替わっているところがあったので、もしかしたら叙述トリックのようなものが使われていたりするのだろうか。年表のような形で出来事を書き出せば何か見つかるかもしれないとは思ったりしたが、十年以上前の作品ということもあるのでまずはネットの海にでも漂ってみようと思う。

タイムパラドクスゴーストライターとは何だったのか 〜真実編〜

 タイパラ2巻が発売されました10月上旬、表紙の七篠先生でまずは盛り上がり、そして番外編で見たことある展開があったり、色々な答えが得られたりして満足して語ることがなくなっていたと油断していたら、なぜかジャンプ+でタイパラ番外編が公開されていました。

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 もはやタイパラについて話すことはない。それがTLの総意であったにもかかわらず、この公開以降もなぜか毎日TLでタイパラの話で盛り上がり、ついにはYahooニュースやYoutube配信などがなされるという異常事態。みなさん落ち着いてください。もう連載は2ヶ月前に終わっているんですよ。

 ということで(?)今回はタイムパラドクスゴーストライターって実際のところ、何だったのかということを考えていきたいと思います。この記事、実はいうと5回程度書こうとして中々筆が進まずに終わっているので、なんとしても今回(11/11に書いてます)で終わらせたいと思います。ちなみにこれまでの記事の振り返りでもそうでしたが、基本的にこれらの記事ではこの漫画の稚拙さなどは取り扱いませんのでご了承のほどよろしくお願いいたします*1

タイムパラドクスゴーストライター とは何だったのか

 そもそもブログで記事を上げ始めたのはこれが目的でした。中々答えが見つからない中、「ぼくらのQ」や「試作神話」という過去作を読むことで本作への理解度や解像度が爆上がりしてから本作への考え方は大きく変わりました。そのため今回の記事は後日談の内容以外にも過去作からの言及が含まれているため、人によっては幻覚と言われてしまうがもしれないがそこは大目に見てください。

 さて、本作について最初の記事では「タイムパラドクスゴーストライター は漫画家漫画ではない」と断じました。これは今でも間違っていないと思いますが、2巻での後日談を見ると違う意味合いでの「漫画家漫画」であるように思えます。タイムパラドクスゴーストライター は他の漫画家漫画のように「漫画家としてのサクセスストーリー」を描きたかったわけではないでしょう。ここからは私の感じたことを書くので異論は大いにアリなのですが、タイムパラドクスゴーストライター は「創作者はそれぞれが唯一無二であり、それだけでこの世界で物語を描き続ける理由となる」といったエールであると感じました*2。これは後日談の師匠とのやり取りや菊瀬編集の「でもその後の3つは全部君にしか描けないね、だから面白かったよ」「君の漫画、誌面に乗ってなきゃ俺は読めないんだからさ」というセリフから、「君の描く物語は君にしか描けない」ということを言いたかったところが根拠となっています。その証左として師匠から「だって『ホワイトナイト』を描いている時のお前はしんどそうだったけど最近は楽しそうだからよ!」というセリフもそれを後押ししているように思えます。また後日談の藍野伊月曰く、変な漫画を描こうとして何度も打ち切りをもらう佐々木君の姿勢は、大衆受けする漫画(菊瀬編集の言う誰にでも描けるから人気の出た漫画)よりも自分の描きたい漫画を描く姿勢もそのような結論と相違ありません。そういった意味ではタイムパラドクスゴーストライター は作者にとってこれからも自分の描きたい物語を描き続けるという宣戦布告と言ってもいいかもしれません*3

佐々木君の評価について

 本作でもっとも誤解を招いたキャラクターである佐々木君。後日談まで通して読むと、彼の漫画家としての実力も(それと菊瀬編集の趣味も)明るみになってきました。佐々木君は1話時点ではストーリーテラーとしての能力以外は遜色なく、ネームを描かないタイプの原作者であっても原作がつけば連載が取れると評しました。半分「ほんとか?」みたいな気持ちで書いていましたが、結局のところタイパラ本編では作品を描く姿勢に関する思いや哲学のみが描かれていましたので、佐々木君の漫画家としての能力の成長を描く気が無かった(言い換えれば基本的な能力は1話時点ですでに持っていた)ということがわかりました。
 作中で描かれていたのは「漫画家としての個性」というところにつきます。タイパラでは「個性のなさ」に苦しむ佐々木君と「個性を殺す」ことで名作を生み出す藍野伊月が対比されていました。この二人は「個性がない」という点では一致していましたが、どのような作品を描くのかという姿勢については一致していませんでした*4。そういった比較もあって、無個性に苦しむ佐々木君に対して「君が描く漫画は君にしか描けないんだ」という答えが得られるのは非常に綺麗な流れでしたね*5

作中で明かされなかったジャンプ妖怪おじさんとフューチャー君に関する仮説

 ついぞ、ジャンプ妖怪おじさんやフューチャー君の正体が明示されることはありませんでした。彼らは何者であったのか。これは過去編でも触れていますが、後日談公開以降に「結局何だったんだ」というツイートを結構な頻度で見ていたので、改めてここで書いていきます。
 彼らは「ぼくらのQ」と「試作神話」から設定を引用すればおおよそどのようなキャラクターであったのかが理解できます*6。「ぼくらのQ」では世界に芽生えた自意識として『世界(作中で自身のことを世界と読んでいるため)』がおり、『世界』はシミュレーションシステムとして地球を幾度も作ってはそこへ『Q』と呼ばれる球体を作り出して送り込むことで「なぜ世界が生まれたのか(なぜ私は生まれたのか)」という問いに答えられる人を探していました。次に「試作神話」では世界改変の権利を持つ存在として榎本さん(試作神話ではヒロインに相当)がいますが、彼女は普通の女子高生として高校へ通いながらも神と呼べるほどの権利を有しています。これらの構造をタイパラに採用すると、『世界』はジャンプ妖怪おじさんに、『Q』はフューチャー君にあたります。また『世界』に対応するジャンプ妖怪おじさんはジャンプ作家として生きてきた経緯が作中描写でなされているため、「試作神話」での榎本さんのように普通に人生を歩んでいたと思われます。
 ここからは直接的な作中描写はありませんが、フューチャー君が現実世界に対して何度もループを行える権限を有していることを考慮すると、それを生み出したジャンプ妖怪おじさんは「漫画に描いたことを現実にできる能力」を持っていたと考えられます。フューチャー君は10話にてジャンプ妖怪おじさんが描いた作中作のキャラクターですが、このフューチャー君はタイパラにおける現実で「時間を元に戻す」という作中作と同じ能力を持って出現しています。*7。12話でフューチャー君が自身のことを「私は人の『想像する力』が生んだ幽霊だ」というセリフとこれらの話は合致します。
 さて、それでは「なぜジャンプ妖怪おじさんはフューチャー君を介して現実世界への介入を行ったのか」ですが、これは藍野伊月に関係します。ジャンプ妖怪おじさんはかつての自分と同じ願いを持った藍野伊月との出会いを経て「全人類が楽しめる漫画を描くこと」を再び目指すことが12話で明かされています。そしてここからは何も作中描写にない(いわゆる幻覚と呼ばれる)ものですが、ジャンプ妖怪おじさんが描いた漫画が現実へ影響を及ぼして藍野伊月の死を誘引したものと思われます。これはジャンプ妖怪おじさんが直接藍野伊月を描いたのか、藍野伊月との出会いをインスピレーションしたキャラクターを描いたのかは不明ですが、この漫画のキャラクターがどうやっても死んでしまうという自体に陥ったのでしょう。作中のキャラクターが勝手に動くという話は作家へのインタビューでよく見るものですし、メタフィクションを若干含むタイパラではそういった描写をしても問題はないでしょう。この藍野伊月の死というのはジャンプ妖怪おじさんにとっては受け入れがたいものであったため、この現実を改変するために時間遡行能力を持つフューチャー君を介して藍野伊月を救うというのが、1話以前にあった話であったと思われます。

 ちなみにこの仮説については以下の謎本TLにて出てきたもの(私だけで考えたものではないです)なので、この記事をわざわざご覧いただいた方にはぜひご一読を。
タイムパラドクスゴーストライターの謎本TL 〜ジャンプ全巻持ってるおじさん編〜 - Togetter

√144の謎

 こちらはTwitterで教えていただいたので、その内容を記載いたします。
 そもそも√144が出てきたのは、佐々木君の「お前は誰だ?」という質問に対する答えとして冷蔵庫に描かれたときです。「これが答えか?」と多くの読者を悩ませてきましたが、英語圏の方が以下の考察をされていました。


・佐々木君の「お前は誰だ?」という回答は「√144=12」から12話に答えがあると示唆されている。

タイパラはメタフィクションを含むので、こういった示唆の仕方もやり方としてあるのでしょう。またTwitterでよく見ていた「自由に自由に(12*12)楽しんで描いてください」というジャンプ妖怪おじさんのセリフとの共通項も示唆されていましたので、これらの意味合いを含むと考えると佐々木君の質問に対する答えとしても、洒落っ気を見せた回答としてもこの考察が最も説得力のあるものになるかと思います。

最後に

 タイパラは連載当初からTLを賑わせ、連載終了後に話すことがなくなった途端に公式がジャンプ+に後日談を公開したり、Yahooニュースに出たり、ラジオで紹介されたり、Youtube配信がされたりとまだまだこの世界にはタイパラが溢れかえっています。そんな話題の絶えない本作の読書体験をリアルタイムでできたというのは二度とはできない非常に幸運(?)な体験であったとも言えます。タイパラとそれを巡る読書体験は2020年の一夏の思い出になった人も多くいると思いますが、これらのブログ記事がそれを追体験できるようなものであれば幸いです。

*1:別にこの宣言はこの漫画に突っ込みどころがないとか、名作であるといったことを言うものではないです。もし私がそう思っていると思っている方がいらっしゃいましたらこちらを閲覧いただければ基本的に読んでいる時にキレていたことがわかると思います。⇒ タイムパラドクスゴーストライターの14話展開の感想 - Togetter

*2:この私の感じた結論がこの真実編の筆を何度も折らせた原因でもある。私は創作者ではない上、1話の佐々木君のホワイトナイト執筆経緯はあまりにもその思考回路がハッピーであるため、こう書くのはある意味で創作をしている人たちをバカにしていると取られそうだと思ったので。

*3:後日談の佐々木君打ち切り三部作に関する描写といい、「分かって」やっているようにしか思えませんよね。

*4:3話時点の藍野伊月の熱量に対して、佐々木君はその勢いに押されて同意していましたが積極的同意をしているようには描写されていませんでした(ほんとかな?)。フューチャー君によるタイムループ時にこの辺りの齟齬を描くためにあやふやにしていたと思えますが、これは幻覚……。

*5:やりたいことがわかったが故に惜しいと悔やむ。ツイッターのTLでよく見た評価でした。

*6:過去編でも触れたように原作者のこれまでの作品では世界改変の権利を持つキャラクターが出てきており、彼らは(意図的か否かは置いておくとして)平凡とされる主人公の物語について介入します。タイパラでもそういった構造は見えますので、物語の構造としては過去作に倣うのは自然だと思われます

*7:10話の作中作にてフューチャー君はフューチャーサンダーを使うことでバクダンの時を戻しています。実際のところ、フューチャー君の能力は「時間を戻す」というものではなく「任意の世界線の任意の時間軸へ介入する」というかなり強い世界へのアクセス権限を持っていますが、その辺りは英霊とかと同じシステムだと思えば良いでしょう。