考の証

要は健忘録

異修羅のすゝめ

 このラノ2021の投票も始まったので今イチオシの小説、異修羅を紹介します。

異修羅とは

 異修羅はカクヨム版で2017年7月から連載、そして2019年9月から電撃の新文芸から出版されているライトノベルである。そのキャッチコピーは『全員が最強。全員が無双。全員が英雄。全員がチート。一人だけが、勇者。』。このコピーに何ら嘘偽りがないことは読者全員が知るところである。
kakuyomu.jp
 異修羅は特定の主人公のいない群像劇として描かれており、作中で最強と謳われる修羅たちが戦う六合上覧(トーナメント戦)が行われている。カクヨム版では第二回戦の第九試合まで進んでおり、話の構成は【修羅紹介】⇒【第一回戦】⇒【第二回戦】という選手紹介と試合が進めていく中で幕間として試合の裏で起こっていたことや登場人物の過去回想などが展開されている。
 書籍版は3巻現在第一回戦の第二試合まで進んでいるが、なんとこれまで30万字近い加筆が行われており、【修羅紹介】のエピソードとともに知らない戦争や知らない自然現象、また知らない修羅の因縁が虚無から生えてきており、読者自称者(作中用語の魔王自称者から派生した異修羅読者の愛称)は本当に自称者になってしまった。ちなみに加筆エピソードはメインストーリーの改変もない上に作品の世界観を構築するうえで欠かせないものになっている。たぶん作者は化け物です。

異修羅I 新魔王戦争 (電撃の新文芸)

異修羅I 新魔王戦争 (電撃の新文芸)


 私が異修羅を勧める理由として、もちろん作中で隔絶した強さを有する修羅の強さとその戦いにあるのだけれど、この辺りは既に他の人たちによって紹介されている上、私自身は特に胡乱話を展開できる読者自称者とかではなく一般的な読者なので、ここではそこを割愛して異修羅世界の解説記事にでもしようかと思います。
 というのも、異修羅に出てくる修羅たちは彼ら一人登場させると物語が破綻するレベルの強さを持っており、しかもそれが16人も出てきてしまう。そんな彼らをまとめ上げて一つの物語へと落とし込む世界観こそが異修羅という物語のパワーであり、そこに惹かれる読者も多いのではないでしょうか。そういう訳で、なるべくネタバレせずに異修羅世界について解説していきます。

これで分かる異修羅

王国と魔王、そして勇者

 異修羅の舞台になるのは黄都と呼ばれる人族最大の王国である。かつて世界には三つの”正なる王”が治める王国が存在していたが、”本物の魔王”の出現によってうち二つの王国が滅び、残った一つの王国でも王族が死に絶え、今では最後の”正なる王”である亡国の王女と”本物の魔王”の脅威から都市を防衛した二十九人の武官・文官の黄都二十九官が治めている。
 作中で”本物の魔王”は既に何者かに倒されているが、黄都の成り立ちに由来する政治的な不安定さや戦乱による疲弊、更にその戦乱が生み出した単独で一国を凌駕する力を有する英雄や修羅の存在によって、黄都はその継続が危ぶまれている。黄都二十九官の第三卿は政治の求心力にすべく”本物の魔王”を倒した”本物の勇者”を見つけようとするが一向に見つからない。そんな中、彼は王女との会話で思いついてしまう。『黄都の掲げる勇者は”本物の勇者”である必要があるのか』、と。世界を恐怖と悪意で塗り替えた”本物の魔王”を倒した”本物の勇者”であれば、それは何者にも負けない実力を有しているはずだ。ならば、生まれ過ぎた英雄や修羅を集め戦わせ、その勝者を勇者とすればよい。そして、黄都に都合の良い英雄を担ぎ上げて勇者にできれば、政治的な安定を得られるとともに仮想外敵である英雄や修羅を処理できるのではないか。

 そう。六合上覧とは『”本物の魔王”を殺した”本物の勇者”をでっち上げるためのエンタメ試合』なのである。そして、それを関係者の誰も彼もが理解している。だからこそ、六合上覧に誰を勇者候補として参加させるか、どこで誰と戦わせるのか、試合の組み合わせをどうするのかといった陰謀や策略がある。そもそも自身は参戦すらせずに試合の裏側から支配を企む修羅もいる。ちなみに勇者そのものを理由に参戦している修羅はほぼいなく、誰も彼もが自身の目的を持って六合上覧へ臨んでいる。それは戦いであり、仇であり、誇りであり、欲であり、願いである。

魔王自称者と”本物の魔王”

 ”正なる王”以外に王を名乗る不遜な者たちに与えられる称号が魔王自称者である。他にも王国の基盤を揺るがす者たち、例えば気紛れで都市を一つ滅ぼす者や産業や農耕での革命を起こして王国の体制に危機を齎す者たちが魔王自称者とされる。つまり、正統なる王国にとって都合の悪い個人のことをそう呼称しているのだ。ただ魔王自称者という名称は元からそうだったのではない(基本的に好んで魔王を自称しない)。”本物の魔王”が現れる前までは彼らこそが魔王だった。
 ”本物の魔王”とは、かつて存在した全ての魔王を『自称者』に貶めた存在であり、それほどの影響力を持っていた。”本物の魔王”は恐怖により全ての生命を蹂躙する世界の敵であり、これまで数多の英雄や魔王自称者が戦いに挑んでは敗れ去った。もし”本物の勇者”が現れなければ黄都も崩壊し、全ての文明が消え失せていたかもしれない。

修羅

 修羅とは作中で登場する最強を冠する者たちのことである。異修羅には様々なクラス・種族の修羅が登場する。例えば、絶死の刃で死を齎す誰にも感知されない暗殺者の天使、生まれながら最強を名乗ることの許された凍術士の竜、長きの研鑽により全ての武術を収めた武術家の粘獣、全ての詞術を無に帰す解呪の力を持つ神官の大鬼、勝利することを約束された人工英雄である騎士の人間といった修羅が登場する。そして彼らは”本物の魔王”が倒れてなお、今も残り続けている脅威である。彼らが一度解き放たれれば都市は一瞬で崩壊し、残る景色は惨劇の痕だけ。彼らが生き残っていればいつか全てがそうなる。彼らは英雄であると同時に潜在的な魔王自称者である。
 一方で異修羅はそんな修羅の戦いを物語の主軸としているが、これは同時に力を持たない人々の物語でもある。彼らは時に修羅を殺す為に死地へと誘い、時に自らの欲のために修羅を利用し、時に”本物の魔王”の恐怖を修羅に見出す。

 ちなみに各修羅には紹介エピソードがついてきますが、彼らの強さは紹介時の想像を遥かに上回ってきます。修羅には『異修羅構文』と呼ばれる各々の能力とクラス、種族が紹介される文が各エピソードの最後についてきますが、本戦後に必ず読み返したくなります。私は読み返しました。

詞術

 異修羅世界では詞術と呼ばれる概念がある。広義的には意思伝達の方法であり、私たちは音そのものを言葉としているが、異修羅世界では音を媒介としてそこに込められた心(意図)を他の個体へ疎通するものである。それゆえ、異修羅では心持つ種族ならば誰しも詞術を介して意思疎通ができる。これによって作中では人族以外の鬼族、獣族や竜族といった様々な種族間の交流が齟齬なく行える。
 そして狭義的には、作中ではもっぱらこちらの意味で使われるが、詞術を利用して対象物に燃えたり動いたりするようお願いして現象を起こす力である。熱を生み出す熱術、物を動かす力術、物の形を変える工術、物の性質を変える生術の大きく四系統に人族は分類しているが、これらの真逆の概念の詞術や全く新しい第五の詞術が最近できたことからもまだ他系統の詞術も作られるかもしれない。
 詞術を使うには①詞術の詠唱を行うこと、②対象物に対してある程度の理解度が必要である、といった制限がある。特に②の理解度というのは簡単に言えばよく知らない・付き合いの浅い対象への詞術は不発となるという強い制限を有する。なので異修羅世界では良く慣れ親しんだ武器や物こそが詞術を介した戦闘において重要な生命線となる。

客人(まろうど)

 彼方と呼ばれる異世界(私たちの現実世界に近い世界)から流れ着く者たちを客人と呼ぶ。彼らは元々いた世界の法則では説明のできない逸脱した力や技能を持っており、それ故に世界から放逐されてしまった存在である。この逸脱は様々なものがあり、例えば弾丸軌道を回転により捻じ曲げて遮蔽物を無視した銃撃を行える銃手、対処不能の刹那の略奪を遂げる盗賊、鈍ら刀でも全ての物を斬り捨てる剣豪などがいる。客人は異修羅世界の生まれではないため詞術が使えないが、それでも彼らはこの世界で逸脱した強さを持っている。彼らの絶技は詞術でも再現できるが、その再現は①詠唱、②対象物への理解が必要である。一方で客人である彼らは詠唱も対象物への理解も必要なく、ノーコストで高度な詞術を発動できるに等しい。無理を通せば道理が引っ込むを地で行く彼らが強くない訳がない。
 一方で、客人にはたまたま定規を持っていたので単位統一を成し遂げた商人やどんな真実をも探し出すジャーナリスト、傭兵都市を築き上げた軍人など戦闘面以外での逸脱をした客人も多くいる。そういった点から客人が異修羅世界を生き抜くには自らの逸脱に対する理解を深める必要があり、誤った理解や過信をした者から退場してしまう。異修羅世界は基本的に誰に対しても辛くて厳しい。
 また客人のように流れ着くのは人間だけでなく、他の生命体や器物も含まれている。抜刀した瞬間に古びた刀身が光の刀身となり全てを切り裂く魔剣やこの世全ての蔵書を有する図書館などが流れ着いたりする。また竜はかつての爬虫類の逸脱種が流れ着き種と定着したものと言われていたり、客人は異修羅の世界とは切っても切り離せず、世界そのものへ多大なる影響を与えている。

二つ名

 異修羅ではどんな人物でも二つ名を持つ。自分の特技や功績、印象に残った思い出を付けることもあれば、他者から与えられることもある。例えば、ちょっと力術が得意で鏃を使った攻撃をする子は『遠い鉤爪』という二つ名を持つ。作中では二つ名の説明はほぼないが、目の見えない少女の二つ名が『晴天』であることに思いを馳せてみたり、根獣(マンドレイク)が『海たる』というギャップのある二つ名を名乗ることに疑問を覚えつつ読み進めて衝撃を覚えたり、登場人物に対する想像が膨らむ良いシステムである。

 ちなみに私は『冬』の二つ名が好きです。異修羅世界では季節は存在せず、冬は彼方から齎されたただの概念ですが、知ればこの二つ名こそがふさわしいと思うでしょう。

最後に

 異修羅世界に関する解説をしましたが、もちろんここだけでは語れないものも多く存在します。togetterには『異修羅一問一答』のまとめがあり、これは読者の質問に著者が答えるという趣旨のものですが、恐るべきことに読者からの質問にほぼノータイムで回答しています。それだけ著者の中には作中では語られていない世界観や設定が存在しているということです。ぜひ、気になったという方はまずはカクヨム版からでも良いので異修羅に触れていただき、そしてこのラノ2021に投票してまだ私たちも知らない異修羅の続きを一緒に読みましょう。

questant.jp
このラノ2021の投票は2020年9月23日17:59までです。忘れずに投票しましょう。