考の証

要は健忘録

おひさしぶりです

 久しぶりにブログを開いてみると、万引き家族について書いていたせいか、結構なアクセス数があった。ちょっとうれしいけど、話題になりそうな内容を投稿していくのは違う気もするので、また自分のお話しでも書いていこうかと思う。

 そうは言っても書くことってそんなにない。最近は引っ越しをして快適な住環境が整いつつあるのに満足していることは出来事の一つではあるが、改めて筆を執るほどのものではない。強いて言えば、三十も近くなってくると周りが結婚しだしたことだろうか。働き始めた当初は結婚している人など、当然ではあるが、少なかった。しかし、歳を重ねていくにつれて周りが結婚しだしたり、会社の給与平均が自分より数万高い理由が扶養手当や子供手当であったり、そういう端々にいわゆる「一般的な人々」は結婚するのだなと実感する。

 他人の結婚式に出ると、自分がこれから生きていく上で一緒に過ごしてくれる人がいるというのはいいなぁと思う。そう思ってるのなら動けばいいのだが、自分が他人と一緒に生きていく想像ができないし、そういう人に出会えるかもわからない。まあそういう人に出会えたかどうかは死ぬ前ぐらいに分かるのかな。うん、書いてたら動かないと話にならないなと思い始めた。周りで離婚している人も数人いるし、一人で行動できないというのはある意味でリスクを背負っているといえるかもしれないが、独りで生きている間には何にも結論がでないものか。友人には、それなりに自分がしたい仕事ができているのに転職しようか悩んだり、それを理由に誰かと付き合うのを先延ばしにするのは甘えだと言われた。そのときも思ったが、これを書きながら思うのは、すごい耳が痛いということだけである。

 誰かと付き合うという前に、自分は他人と一緒の時間を過ごすことのリハビリが必要なのだと思う。そういう意味でマッチングアプリとかは簡単にできるものだし、そこまでハードルも高いものではないだろうからやってみようかしら。先輩でやっている人もいるからおすすめアプリでも今度聞いてみよう。