考の証

要は健忘録

諦めること

  TwitterのTLにこんな記事が出ていた。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55873

  ルイ53世が一発芸人たちを取材した本を出したらしい。中々キツイところに行くなぁと思ったが、読んでみたいとも思う。そんな本を出した彼との対談が本記事であるが、その中には「諦めるなかで、残った道がある。それこそが進む道だと思いながら。」とあった。自分がルイ53世と同じ歳になったときには同じことを思うのだろうかと考えてしまうが、そのときはそれでいいのだろう。今はまだ諦めなくてもいいのだと信じ、何かしらの行動をしていこう。とりあえず、スプラトゥーンは止めようかな。

 

  平成最後の5月が終わり、最後の6月が始まる。最後の5月で私は化粧品のルールを初めて知った。曰く、効果効能があるのは医薬部外品となるからいけない、動物実験を行った物質は使用してはいけないなどである。前者は形骸化しているようで、その辺りは厚労省規制緩和を行っているらしい。後者は美容という生命に直結しないものに生命を使用しないという倫理上の問題であるらしい。しかしながら、動物実験は行えないのなら安全性はどのように担保するのかと言えば細胞実験でみるとのこと。はて、動物は生命としてカウントされるが細胞は生命としてカウントされないのかと私はふと疑問に思う。

  生命とは何か。定義を調べようと思ったが、やはりこの辺りは哲学的問題を孕んでいることに加え、バイオテクノロジーが破竹の勢いで成長している昨今において容易に定義できるものではないらしい。上記の話に戻れば、細胞も間違いなく生きているのだ。外部環境に応答して反応を示し、細胞分裂による自己増殖能を持ち、何よりDNAという記録の箱舟を持つ。アメーバのような単細胞生物みたいなものだ。動物愛護の観点から見れば問題ないだろうが、倫理的に問題はないのだろうか。この線引きはどういう根拠を持つのだろうか。

 

  やはり体調が悪いときは思考も悪い方向に行くようで、先週はひどい様を見せていたと思うが、どうにか体調も回復したようで思考もましになってきた、と思う。

  自分がどうしたいか、どうすべきか、どう生きるか。ゆっくり考えて生きたい。