考の証

要は健忘録

雑記

 3月は出張で一月も帰ってこなかった。あの生活は本当に人間がしていい生活ではなかったと改めて思う。この仕事場の人たちは感覚が麻痺しているんだろうという諦念と、なぜ今まで過労死が出ていないのかという疑問しか湧いてこない。

 通常の勤務は8:45〜17:30と設定されているが、日をまたいで仕事をするには二通りのやり方がある。一つは二日分の勤務時間をずらし、15:15〜8:45の計16時間勤務する方法である。これは1日目の勤務時間を後ろ、2日目の勤務時間を前にずらしていく方法である。この場合、勤務時間がずれているだけなので、残業時間は発生しない。もう一つの方法は普通に8:45から働き、次の日の8:45に仕事を終える方法である。こちらの場合は1日目の残業として2日目の朝まで働き、2日目は代休を取得する方法である。果たして、この働き方が認められているのかは少し疑問である。

 出張期間は2つ目に挙げた方法、連続24時間勤務後の代休取得という勤務体系を4回ほど連続で行った。正直、4回目の勤務は朝4時頃が猛烈にきつかった。また、この出張期間の休みはたった2日である。一月ばかりの出張であったのにもかかわらず、だ。そして残業は90時間オーバーというブラック度合い。頭おかしいとしか言いようがない。しかも残業80時間越えは法律的に不味いので越えた分は次の月に繰り越してくれときた。人手不足はわかっていたのだから、初めから増員をかけるなどの手立てが必要であったのにそれを怠った上でこの対応はどうなのだろう。

 と、将来のもしものため、最近の勤務体系を書いてみた。実際は他にも人間関係など書き連ねていきたいことはあるが、これはやめておこう。ただ、確かに言えるのはこの出張により私の精神は擦り減っていったということだ。

 出張中、唯一よかったことと言えば、車をかなり自由に使えたことぐらいだ。休みが2日しかなかったから、その自由度の高さを本当の意味で楽しめた時間というのはあまりなかったが、どこへでも行けるというのは本当に楽しい。ただ、車を買うとなるとその維持費が高いため、あまり気が進まない。しかし、ちょうど良いことに私は大学院のときに普通自動二輪の免許を取得している。バイクであれば250cc以下であれば車検も必要ないことに加え、駐車場代もそんなにかからないだろう。今年、購入を考えてみようと思う。ちょうど良いことに、非人道的な労働のおかげで今月の給料は1.8倍ぐらいにはなる。貯金も含めて考えれば、購入することぐらいお茶の子さいさいである。不安なのは運転技術が拙さすぎるということである。というか、免許取得以降運転してないのでどうしようもない。これは信頼出来るバイク屋を見つけて相談するしかないだろう。そんなことを考えるとやはり車がいいなぁと思ってしまう。どちらにせよ、この夏までに車かバイクを買おう。

 そんな生活をしていたせいか、すっかり日数や曜日の感覚が消え失せた。今が4月であるということを認められていない。まるで浦島太郎が竜宮城から帰ってきたような気分だ。京都へ帰ってきたら桜は散っていた。もう別れを終え、新生活へ向けた一歩を進めた人々で街は溢れかえっていた。リクルートスーツに身を包み、不安そうな顔をした就活生もいた。私は過去に取り残されてしまった。

 だが、そんな私を更に置いていくように季節は過ぎていく。年をとって体が弱ったせいか、酒が次の日に残りやすくなった私は昼過ぎに起きて外へ出た。盆地特有の暑さと積乱雲を抱えながらも透き通った空が待っていた。もう春は過ぎ、夏が来てしまったのかと呆然とした。まだ梅雨も来ていないが、確かに夏の匂いがした。

 他人を嫌いになるという方向で力を使いたくなかったので、人と一定の距離を保ちながら良好な関係を築くことをした。その結果として、良好な関係ではあるが、一定以上踏み入らないため深い関係を築くことができなくなった。そして深い関係とならないために、自分の世界だけをいつの間にか構築してしまった。どうやら、私はなりたくない人間にいつの間にかなってしまっていたようだ。

 そして何より厄介なのが、他人を通して自分を見つめ、そして自己嫌悪する癖がついてしまったことだ。この癖の最も面倒なところは、その人が嫌いではなく、むしろ好きな場合でもそのとき相対する自分を嫌悪してしまうため、人に会い辛くなってしまうところだ。なぜこんな癖がついてしまったのか、そこはよくわからない。よくわからないのでとりあえず放置中である。悪化しないことを望むばかりである。

 どうでもよい、取り留めのない文章であるが、久々の更新なのでそんなものである。