考の証

要は健忘録

 ここ二日、暖かい日が続く。職場でも作業着の上に防寒着を着て過ごしていたが、今は作業着のままで暑い。通勤中にはコートやマフラーも必要なさそうな気候で過ごしやすい。そんなことを考えながら電車を待っていると、普段見慣れない顔のスーツを着た人たちを見かけた。その姿は電車に乗ると更に数を増やす。少し大きな声の彼、彼女らの会話には、「人事」「面接」「エントリーシート」「大学」といった言葉が飛び交っていた。この子たちは就活生なのかと気付いた。彼らは慣れない真っ黒なリクルートスーツに身を包み、これからの不安を隠すためか少しばかり上機嫌に振舞っているように見えた。そんな彼らを見たせいだろうか、私は自分の就活について思い出した。


 私は就活に失敗したのだ、とよく話す。事実、私が内定を貰ったのは14年5月の半ばであった。15卒の就活は景気が上向き、就活日程も余裕があったためか、4月には同期の2/3程度は内定を勝ち取っていた。そんな中私は第一志望の会社に落ち、次に受ける会社を探していた。そんな中、見つけたのが今働いている企業だ。募集を第一次、第二次と別けていなかったため、ほぼ他の企業が募集を締め切っている中応募できた唯一の企業とも言える。企業の規模は数字的には大企業に分類され、給料や福祉といった面でもその規模に比べて不自然に良い。就活に失敗したのにそんな企業で働けるなんて贅沢だ、なんて言われれば反論のしようがない。それでも私は就活に失敗した、より正しく言えば就活の方向性を間違ったと断言できる。

 就活を始めた頃は大学院での研究を活かせるような就職先を求めていた。バイオ系の企業を中心に探している時、漠然と何かが違うと思っていたことを覚えている。その違和感を放置したまま就活をし、その正体に気付いたのは3月下旬のベンチャー企業での最終面接の時だった。その面接で、結局自分がやりたいのは化学なのだと気付かされた。遅すぎたと思った。化学の研究職は基本的に院生からの採用であり、院生の就活というものは基本的に4月で終わるものである。つまり、書類の提出などというものは2月には終わっている。本当に、今の企業に入社できたのは非常に幸運であった。もしこの企業にも入ることが出来なかったのなら、生きていない可能性もあっただろう。


 暗い記憶から目を覚ました私は電車の中に戻った。黒に包まれた彼らは顔や会話から大学3年生であることは予想できた。幼い。そういった印象を受けた彼らがこれから就活に臨むのは少し酷だと思った。しかし、私のそのような勝手な思いとは裏腹に、彼らはたくましく生きていくのだろう。これから春が来る度、私はそんなことを思い出し、彼らに勝手に感情移入するのだ。そして4月になれば今度はまた真っ黒なスーツに身を包んだ新入社員に対して、別のことを思う。

 もう私は黒いスーツから卒業する年かなと思い、今度時間がある時にスーツを買いに行こうと決めた。