考の証

要は健忘録

気付き?

  最近は朝起きて会社に行きたくないときには有休を使って休むことが増えた。次に付与される9月までに有休が残るかが非常に不安であるが、まあなんとかなるやろの精神で生きて行きたい。

  そして気付いたことがある。非常に今の仕事には不満があるし、やる気も全く上がらないクソみたいなモチベーションで仕事をしているのだけれど、もしかしてこの精神的不調はやるべき仕事がないからではないかと思ってしまった。要は、忙しくないのである。やる事がそもそもないから会社に行くのが面倒になっている可能性がある。そりゃ、今までも会社休みたくても休まなかったのは任せられている仕事があるからであって、それがなければ行く必要もないよなと思う。

 

  それでもモチベーションの上がる仕事がしたいのでだれか職を恵んでください。もしくは専業主夫として雇ってください。

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  新しい部署に来て早3ヶ月が過ぎたつい先日、一緒に働いている先輩から転職のために来月で辞めると伝えられた。これで知っている人が辞めるのは何人目だろうか。決して離職率の高い会社でもないにもかかわらず、辞める人は私の周りに多く居たように思える。その先輩とは、上司がいないときにいかにこの会社がクソで満ち溢れているかで盛り上がったことがある。きっと、そのときには転職活動をしていたか、内定が出ていたことだろう。

  その流れに乗って転職について軽く相談したが、結局自分が何をしたいかが重要であり、そして何をするかが答えなのかはやっても分からないという結論になった。会社に対してあらゆる不満を抱き、ただただ面白くない仕事から離れたいがために転職をしようとする私だが、次に何をすべきかが見定まらないのは、つまるところ私が人生賭してやりたいことがないことが原因だろう。そんなものはどこかに落ちているものではないし、私が納得する答えを見つけるしかない。そして答えを見つけるには行動しないといけないと、思考はループしてしまう。

 

  覚悟を決めろ。

変化のない日常

  先日久し振りにブログを更新した。そのときに振り返るつもりで今まで書いたブログを読んでみたが、始めた当初から書いていることにほぼ変化がない。それは現状への不満やそれを変える意思の無さ、人生への不安、他人への忌避感であったりした。つまるところ、私という人間がこの3年余りの期間で全く成長していない、できていないことを示唆しているようで、私の中の焦燥感は激しさを増すばかりである。将来への漠然とした不安を理由に自殺した芥川龍之介を昔の自分は鼻で笑えていたが、今では全く笑えない。このままの生活を続けていけば生きてはいけるのだけれど、この焦燥感が続くのであれば、未来が現状の延長線上であるのなら、死にたくなる気持ちは理解できてしまう。

  きっと、今が人生の分岐点なのだと思う。結局のところ、転職や結婚といったイベントを迎えるには自らが動くしかないのだ。

 

  

生存報告

 強いて言えば、これを見るであろう未来の自分に対する生存報告。ブログを放置して久しいけれど、生活はほとんど変わっていない。スプラトゥーン2はS+で安定して戦えるようになったけれど、カンストまではまだまだ遠い。カンストまでやりこみたい気持ちはあるけれど、このままの生活を続けて良いんだろうかと悩んでいるが、なんだかんだゲームは楽しいので続けてしまう。まるで麻薬みたいだ。


 生活はほとんど変わらないと言いつつ、年を明けてから部署が変わって仕事内容は結構変わった。ただ、前いた部署よりも仕事の面白さはないかもしれない。勝てる分野でもないのに社長命令でやっている仕事があるが、誰も本気で推し進めるつもりもないので軽く文句も言われる。下っ端の身としてはモチベーションも上がらない最悪の仕事と言っていいだろう。しかしながら顧客もいるため放棄する訳にもいかないので誰かがやらねばらない。上司もさらに上の役職の人に言い訳するためのデータ取りをさせようとするし、本当、クソみたいな仕事。
 仕事内容もクソだけれど、同僚も大概である。口を開けば他人の悪口ばかりがスラスラスラスラ・・・。まあ話しているのは二人くらいだけれど、やたら声が大きく他の人が聞こえるように悪口を言うので部署の雰囲気は悪い。それに加えてサビ残が横行している。管理職でもない、残業代を請求できる組合員が率先して時間外労働に精を出している。それが仕事じゃないならお前はずっと仕事をしてないぞ、給料貰ってるのおかしいのでは?と言ってやりたい気持ちを抑えて、私はひたすら定時で帰るよう努力している。
 そんなこんなで仕事に対するモチベーションは就職してから一番低いかもしれない。そんなだから他部署の人にも軽く説教される。言っていることは正論であるし、間違っているのが自分であるのは理解しているので言い訳したい気持ちを抑えている。正直なところ、この仕事に会社として力を入れないなら打ち切っていただきたい。今度上司に言ってやるぞ(言うとは言っていない)。


 よくよく考えてみれば、今は27才であるのだが、この会社でずっと働くとしたら(今の定年が続くとして)あと33年も働かなければならない。つまり、今いる人間とそれだけ長い関係を続けなければならない。そう思うと、もうやる気がなくなっていく。本当、真っ新にしてやり直したい。だけど、やり直したところで今と同じようなことを思うに違いない。それに転職すると確実に今の年収が落ちていくことは確定しているので、生活水準を下げることが許容できない限りこの生活を続けていく必要がある。もう人と関わらない仕事をしたい。ひたすらに惰眠を貪りたい。それを叶えるためには南の海が綺麗な島でスローライフを送るしかないなと妄想している。実際に奄美大島だとかで暮らしている人は何で生計を立てているんだろうか。そう言えば東京都庁に就職すると離島に飛ばされるとか聞いたことがある。これはスローライフを送る条件として一番良いのではないだろうか。

呪いの話

 つい前、オバさんを笑う若い女性に「自分に呪いをかけるな」というお話が盛り上がっていたのを覚えている。この呪いというものはとても厄介なもので、その存在に気づいてしまったが最後、ずっと人生につきまとっていく。まさに呪いとしか言い様のないものだ。

 初めて自分に呪いを掛けたのはいつだろうか。きっと、中学生の頃だろう。あの頃、自分は虐められていて、気持ち悪いだのブサイクだの、性根の腐った奴らに言いたい放題されていた。ただ、そいつらに負けるのは悔しかったから学校を休まなかった自分は本当にアホなんだと思う。何が皆勤賞だ糞食らえと今は思える。ネタツイートだけれど、虐めに耐えられる精神なんて本当にまともじゃない。嫌なことからは逃げないとろくなことにならない。

 その時の後遺症として、自分の存在を肯定できなくなった。自分は気持ち悪いものだとか思う。例えば、顔について言えば今でも眼鏡をかけないと鏡を直視するのが難しい。一度、コンタクトに変えてみようと思ったこともあるけど、鏡を見た時、ああなんて気持ち悪い顔をしているんだろうと思ってしまったのは本当に救いようがない。それでも他人からの目線が気になるため、鏡を見て自分の身なりが変じゃないかを確かめたく仕方がない。他には本当はもっと人に話しかけて色々聞く性格だったけど、「お前は詮索が過ぎる」なんて一言をもらったために他人に無関心を貫くようになった。結局、他人からの肯定的な評価を何も受け入れることができず、否定的な評価だけが心に刺さりながら生きていくのは針の筵に座っているかの様に少しずつ私を蝕んでいく。きっと、言った本人にとっては他人の人生を狂わせているなんて自覚はないし、まったくその通りなのだけれど、それに自分という人間性を狂わされた自分というものには吐き気を覚える。

 でも、他人から貰った呪いなんかよりも、自分で掛けた呪いの方が何万倍もタチが悪い。あいつはダメだ、そういうやつにはなりたくない。そんな思いがいつの間にか、全て自分に跳ね返ってくる。そして、昔の自分を思い出しては、ああはなりたくないと思いだけが募っていく。いつの間にか、数え切れないほどの呪いが自分の背に乗っていた。雁字搦めに縛られた私は、もう動けないんです。誰かに助けを求めたい気持ちもあるけど、どう救われたらいいのかもわからない。自分に救われる価値があるのかすらわからない。そもそも自分の価値を信じられる人が信じられない。他人の人生に深く関わる資格があると思うことすら傲慢ではないかと思う。もう、私は人を好きになることも、好かれることすら怖いんだ。

 全てを投げ出し、誰も知らないところで生きていたけれど、なまじ能力があったせいか。大企業に就職してしまい、生活にはまったく困っていないために今の状況から抜け出せない。そもそも、今の生活ですら誰も知らないところから始まったはずなのに、今そう思っているということが示す事実から、私の逃げ場なんてもはやどこにもないことを嫌でも思い知らせてくれる。もう人と関わって生きて行きたくない。そんな思いだけが募っていった末、たどり着くのは一体どこなんだろう。

 生きていればいいなんて無責任な言葉を吐くのであれば、お願いだからそう思うわせてくれ。

行き先のない世界

   神戸製鋼所の不正。あれはどんな企業でも大なり小なり起こっていることだろう。利益や納期を優先するがあまりに信用を失う。勤めてる会社もいつそんなことが明るみに出るか分からないが、幸いなことに彼の会社ほど世の中に影響のある会社ではないので話題にすらならないだろう。

  どうしてこんな不正が起こるのか。単純な話、そうした方が儲かるからだろう。ではなぜ儲けようとするのか。それは資本主義のシステムのためだろう。

 

  酒も飲んでるので話も飛ぶが、正直もうこの世の中詰んでると思ってる。企業は利益を優先して不誠実な態度を貫いている。資本主義のシステムの勝ち組は綺麗な上澄みで優雅に暮らし、淀みになど目を向けていない。その淀みに同じ人が暮らしているとは思ってもいない。格差は開いているが、声が聞こえるのは上澄みだけ。だが、そこら中から声なき声が響いている。それをないことにしようとする、現実を見れない上澄みには諦念を覚え、かと言って淀みにもなれない自分には行き先などない。