考の証

要は健忘録

行き先のない世界

   神戸製鋼所の不正。あれはどんな企業でも大なり小なり起こっていることだろう。利益や納期を優先するがあまりに信用を失う。勤めてる会社もいつそんなことが明るみに出るか分からないが、幸いなことに彼の会社ほど世の中に影響のある会社ではないので話題にすらならないだろう。

  どうしてこんな不正が起こるのか。単純な話、そうした方が儲かるからだろう。ではなぜ儲けようとするのか。それは資本主義のシステムのためだろう。

 

  酒も飲んでるので話も飛ぶが、正直もうこの世の中詰んでると思ってる。企業は利益を優先して不誠実な態度を貫いている。資本主義のシステムの勝ち組は綺麗な上澄みで優雅に暮らし、淀みになど目を向けていない。その淀みに同じ人が暮らしているとは思ってもいない。格差は開いているが、声が聞こえるのは上澄みだけ。だが、そこら中から声なき声が響いている。それをないことにしようとする、現実を見れない上澄みには諦念を覚え、かと言って淀みにもなれない自分には行き先などない。

久々の更新

  仕事が変わって以来、ほとんどツイッターもせずに過ごしていたせいか、このブログの更新もだいぶサボってしまった。最近はスプラトゥーン2にはまっていて時間がそれで溶けているのも問題だ。なにかもっと有意義な時間の使い方はないかと思いはしても、なかなかこの生活は変えられない。

 

  先日、転勤で来た同期と飲んでいた。もちろん二人ではなく、他の同期も何人かいた。そのうちの一人は入社当初から何故か仕事をしないだとか適当な事を言って突っかかってくる面倒なやつだったが、いざ仕事が進むと私は死ぬほど働いて彼はそうでもないようになって突っかかって来なくなった。だが最近は仕事が変わったおかげか、また突っかかってくることが増え、やっぱ人間は変わらないなと諦念を持ってしまった。他の話題でもその場にいない仲の良い同期を貶めるような発言をしていたことから、彼は常に誰かを貶したい気持ちがあるようだ。そうすることで自分の強さや優秀さを誇示しているのかと思うとつい憐れみを感じてしまう。まるで猿山のボスみたいだなと思ってしまったが、話が通じる相手でもないようなので距離を置くことが最良の手のようだ。願わくば、私が行く道に割り込んで来ないように祈ろう。

 

  見ている人は見ている。そう思えば大抵のことはどうとも思わないようになった。どんな悪口を言われようが、やる事をやっていれば評価される。そういうことを体験してきたが、それはきっと優秀な人が上に立っていたからだろう。どうやら、この世で組織の上に立つには思ったより人徳や能力が必要そうだ。

今年見た映画を振り返ってみる

 今日は久し振りに映画2本見てきた。今年はたくさん映画を見てるなと気づいた。
 というわけで、今日は見た映画を一つ一つ振り返っていきたい。中には去年公開したけど、今年見たものもあるのでご容赦を。


傷物語Ⅲ冷血編
 傷物語の最終編。鉄血編は暦がキスショットと出会い、吸血鬼化するところを一つ一つ丁寧に描いていた。熱血編はいつも通りのシャフトに戻り、暦が三人のヴァンパイアハンターとの戦いを描いた。そして冷血編。今でも覚えているのは羽川のおっぱいである。この映画を見た人は男女問わず、思わずにやけてしまっただろう。小説で読んだ以上の感動をありがとう。声優って大変なお仕事だなと思いました。もう満足です。
 キスショットとの戦いも迫力があったが、なにより羽川の印象が残った話である。正直、傷物語は暦とキスショットの話というより、暦と羽川の話だと思う。この物語の始まりは間違いなくキスショットにあるけど、ここでの話の中心はやっぱり暦と羽川、そして忍野との出会いの話なんだと思う。キスショットの話は後でも出てくるしね。

ドント・ブリーズ
 頭のイカれたおっさんの家に強盗に入ってしまった運のない3人の若者のお話。狩る側から狩られる側に回った瞬間の絶望は凄まじい。そして逃げた先で見た若い女性。このおっさん、娘を交通事故で殺した女性を監禁していたのだが、強盗を殺そうとして間違えてこちらの女性を殺してしまった。そのときに「my baby...」とか言ってたときは女性を娘に見立てていたのかと思い、クレイジーだなと思ってたけど、本当はもっとクレイジーでしたね。どうクレイジーだったかは是非映画を見て確認してほしい。とても気持ち悪い感想しか出てこないです。そしてこのおっさん、絶対目見えとるやろというシーンがいくつかあるけど、それが更に異常さを見せつけてくる。どうしたらそんな音だけで的確に人を見つけて銃撃できるんだ。
 良い子のみんなは強盗なんてしちゃダメだぞ。入った家にこんなおっさんがいるかもしれないのだから。

ザ・コンサルタント
 発達障害を抱えた主人公の話。母親は言った通りにできない息子に耐えられず、施設に預けようとしたが、軍人である父親は将来辛いことが起きても耐えられるよう自分の元で育てる。そして母親は息子を捨て家を出てしまうが、父親と弟との愛情を受けながら真っ直ぐ(?)育った結果がこれだよ!
 主人公と不正会計を見つけた女性のぎこちない関係。関係を持とうとしても築くことができないという苦悩を抱える主人公だけど、このいい感じになりそうになりつつもなれないもどかしさがとても良かった。とりあえず抱き合えばいいとか思っている映画監督は死ね。それは置いといて、発達障害という障害を抱えつつも主人公は自分の適性を見て会計士となって仕事をしており、その仕事ぶりはとても優秀だった。やり出したらやりきるまでできないと不安定になったりしちゃうけど、襲撃を受けた分はきっちり返す姿勢がとてもいい。ジョン・ウィック並みの徹底した殺しっぷりを今作でも見れてとても満足した。これを見た後では他の映画のアクションシーンがお遊びに見えてしまう。おい、腹に一発銃弾を当ててお前は安心するのか、頭にもう一発撃ち込んで確実に殺せ、ってね。そして襲撃先で出会う弟。弟は普通じゃない兄を嫌っているんじゃないかと思っていたが、蓋を開けてしまえばお兄ちゃん子だった。可愛すぎかよ。
 ラストシーンでは会計士の仕事で出会った女性へ素敵な贈り物をしたり、主人公の不器用さがとても良かった。そして相棒の正体も明かされるが、これがまたcoolで良い。どうやら次回作が作られるというお話を聞いたので、首を長くして待っております。そしてこの映画でベン・アフレックが好きになりました。

虐殺器官
 Project Itohの最後の作品。他の二作にはがっかりしていたが、今作はどうだろうと思って見た。感想としては、これはジョン・ポールの話であって、クラヴィス・シェパードの話ではなかった。この話は先進国で自由と安全を謳歌していた人々の罪とその罰という面もあるが、クラヴィスやジョンの個人的な罪と罰の物語でもある。それぞれのキャラクターに罪と罰がある。その中で、話の時間制限もあるとは思うが、クラヴィスの話がごっそり抜けていた。死の国の夢の話。クラヴィスは今まで殺してきた罪は自分にあると思っていたが、母親の延命治療を拒否したときにそれに疑問を思う。薬やカウンセリングで任務に支障をきたすような感情を排除している暗殺部隊。本当に自分は自分の意思で人間を殺してきたのか。そんなちょっと暗めな感情を底にしまっていたクラヴィスは映画にはいなかった。
 このクラヴィスの点を除けば結構よかった。少年兵を的確にヘッドショットをキメるシーンでは、確実に残酷で罪悪感に苛まれるようなシーンであるのにもかかわらず、もやがかかりどこか現実感を感じさせない。まるで映画を見ている私たちにも薬やカウンセリングの影響が出ているようだった。敵に襲われ、腹から下を吹き飛ばされても戦う同僚に対して、足を差し出して「これで今は我慢してくれ」みたいなことを言うクラヴィスは、この世界は確実に狂っている。クラヴィスとウィリアムズの最後の応酬もよかった。
 何回も読んだけど、もう一回原作を読み返そうと思う。

マグニフィセント・セブン
 荒くれ共が正義のために立ち上がり、戦う話。イーサン・ホークがかっこいい。めっちゃかっこいい。他の6人?知らんな。結構面白かったのは覚えているが、やはりジョン・ウィックザ・コンサルタントを見た後ではアクションシーンがお遊びにしか見えない。矢を肩に受けてそのまま戦線に出て来ない敵兵とか甘えてんのか。この西部劇は、こんな人たちかっこいいやろという監督の声が聞こえてくるような映画だったと思う。
 でも、一度は逃げたイーサン・ホークが帰ってきて戦うシーンはめっちゃかっこよかった。こういうかっこいいおじさんになりたい。

ドクター・ストレンジ
 話はあんま興味なかったけど、映像に興味があって見た映画。ちょっと遅かったから3Dやっている映画館があんまりなかったので遠出したのを覚えている。
 高飛車な外科医の主人公とヒロインである同僚のクリスティーン・パーマー。クリスティーンがめっちゃ美人やった、めっちゃ可愛い。ドクター・ストレンジがフォース、じゃなくて魔術の力を習得してシス卿、じゃなくてカエシリウスと戦うけど、そのときに死にかけてクリスティーンの病院に行くんだけど、そのときの手術シーンがコメディチックで面白いし、なによりクリスティーンがめっちゃ可愛い。良い。話そのものはスターウォーズみたいな感じ。ストレンジは高飛車だけど、それは能力の高さと臆病さの証明。能力があるから魔術を習得してからの能力の伸び方も早いし、なんでか禁術も使えちゃう。なんだそれって感じだけど、主人公補正だよね。
 お目当の映像はすごかった。日常がいきなり魔術に侵されて非日常に変わり、ぐるぐる回ったり上下が変わったり忙しい。これは苦手な人が見たら気持ち悪くなるだろうなっていう3D映画だった。

ミスペレグリンと奇妙なこどもたち
 祖父のおとぎ話を真実だと信じて育った孫のジェイク。そのせいで周りにバカにされ、ジェイクは友達もいなかったけど、旅行先でループに入り、ペレグリンと会い、エマたちと出会う。そこには普通はない能力を持った子供たちを保護する施設だった。
 物語自体はジェイクの成長譚として面白かった。ところどころ敵のホローがアホだったのが気になったけど、そこは仕方ないかなぁって思う。ただ、ジェイクの能力である、本来見えないはずのホローを見ることのできる異能ってどう生まれたんだろうか。ホローが存在しなければその能力に意味ないところを思えば、そもそもこの能力はあり得ないんじゃないかと思う。だから、本来のジェイクの異能はホローを見るためのものじゃなくて、人が感知できないものを見るためのものじゃないかなって思う。まあ、そんな矛盾をついても仕方ない。他にもループの設定とか色々気になることがたくさんあった。
 けれど、物語の最後にエマたちと別れたジェイクはついに祖父と出会い、おとぎ話に実際に自分が関わったことを伝えられた。そこでジェイクは祖父に説得され、エマに出会うために祖父と同じように世界を旅をし、最後にエマと出会うというのがとても素敵でよかった。やっぱり、王道っていうのは面白いから王道だよね。

トリプル・エックス 再起動
 シリーズ物だけど、前作も前々作も見ずに行った。サミュエル・L・ジャクソンは悪役もいいけど、やっぱりこういうおちゃらけた役が良い。話自体は普通だったし、アクションシーンはジョ(略。
 でもドニー・イェンがかっこよくてよかった。ローグワンで初めて認知したけど、ドニーさんめっちゃかっこいい。あとギークベッキーもよかった。可愛い。

デジモンアドベンチャー tri. 第4章「喪失」
 デジモンの第4章。3章はパタモンに感動で殺されるかと思った。4章はリブート後、デジタルワールドに太一たちは向かい、アグモンたちにもう一度会いに行く。絆をつなごうとして、上手くいくパートナーと上手くいかないパートナー。そこに記憶を持ったままのメイクーモンが現れ、太一たちは戸惑いつづも助けるための旅をする。
 懐かしさに溢れるいい映画。もはや進化の音楽を聴くだけで涙が出そうになる。めっちゃ良い。リブート前は進化前に出てくる数字が0,1,2と二進数じゃなかったけど、リブート後は0,1に戻っていたところをみると、やっぱりリブート前後で何かしら変わってるんだね。感染がなくなったとか、そういうところなんだろうか。にしても、姫川さんが選ばれし子供たちで、過去にデジモンを失ったことが原因で今回のリブートをしているなんてね。そしてバクモンに会った時の姫川さん。もう病んでますやん。西島先生、彼女を救ってあげてください。


哭声
 國村隼が怖い、怖いよ。なんでふんどし一丁で鹿の生肉を這って食べてるんだよ。本当に人間かよ。

 とある辺鄙な村を舞台に村で起こった事件をどこか憎めないやる気のない警官が追っていく話。こう書くと怖くないけど、めっちゃ怖い。というか疲れる。いったいどこが休憩ポイントなのだろうかと思うけど、そんなものはない。ひたすらに追いつめ、見ているものを混乱させてくる。地獄and地獄。村に来た日本人のよそ者として國村隼が出演するけど、本当に國村は日本語しか喋らず、多分韓国の役者と意思疎通が本当にできていない。それがまた不気味な雰囲気を醸し出す。映画を見ていると、はじめは怪しいんだけど、見ていくと「あれ、もしかして悪いやつじゃない・・・?」と思うんだけど、「どう見ても悪者です。本当にありがとうございました。」という感じに話が二転三転する。もう一人謎の女性が現れるけど、この人も善人か悪人か最後までわからない。惑わされる。本当に國村隼は悪者だったのか、謎の女性が善人だったのか。私たちがそう望んだから、そういう役に見えてるだけなんじゃないか。
 というか、すごいよ韓国映画。本当面白かった。今まで見たことなかったけど、邦画よりも良い。まず、映像のクオリティが違う。祈祷師の悪魔払いのシーンには、そこにそんな力入れるんかってぐらい映像も音楽もすごかった。祈祷師の祈祷バトルはずっと見ていてもいい。むしろずっと見させてくれ。そして演技も違う。主人公の娘の演技すごいよ。子役とは思えない。普通に娘として過ごしている時と取り憑かれた後の演技の違いがめちゃくちゃあって、本当に同じ人物で、しかも子供かと疑ってしまう。なにより脚本が良い。こんな脚本の映画、なかなかないよ。
 ただ、韓国語がわからないので、字幕で見るのが少し疲れた。やっぱり、耳に馴染む言葉じゃないとあんま見ていても理解できないというのは負担になるみたい。ちょっと韓国語勉強しようかなって思うぐらいに面白かった。ぜひ見てくれ、疲れるけど。

キングコング 髑髏島の巨神
 でかい!すごい!っていう怪獣映画を期待した結果、半分は叶って、半分は叶わなかった。この映画、人間の話いります?ってぐらいそこに面白みを感じなかった。正直、ガンペイとマーロウの二人を人間側の主人公に置いた方が絶対面白かったと思うんだよね。サミュエルと学者はまだしも、なんで傭兵と反戦カメラマンを入れたの?反戦のメッセージがこの映画に必要?とか思っていまった。
 ただ、キングコングの戦闘シーンは本当によかった。ヤシの木をぶん投げてヘリコプターを落とすとことか、機関銃をモノともせず人間を圧倒するのはまさしく巨神だった。そしてコングを襲う巨大ダコ。結局コングが買ったけど、ちょっと足を食べて放り出したところを見ると、やっぱあのタコまずいんだろうか。人間側が襲われるところもよくて、森を歩いていて、ふと後ろを見ると何かでかい棒が口から突き刺さって死んでいる隊員。見上げると巨大蜘蛛が襲いかかってききていた。このシーンもこの島では人間が最も弱いというのを示してくれる良いシーンだった。木に化けた巨大バッタも良い。強いて言えば、鳥の鳴き真似をして油断させてくるアリも見てみたかった。
 そしてなによりコングと戦うスカル・クローラーですよ!頭は骨で覆われて、前足しかないという巨大トカゲ。全くもって生存に有利でない姿だけど、その禍々しさを強烈に印象づけるいい姿。コングと全力バトルするそのシーンは大迫力でよかった。途中、反戦カメラマンが邪魔しちゃうけど、まあいいでしょうというぐらいにはよかった。
 最後は壁画に記されたゴジラモスラキングギドラの絵。もしかして、ハリウッドでこいつら戦ってくれるの?絶対見るわ。

ゴースト・イン・ザ・シェル
 攻殻機動隊は見たことないけど、興味があったので見てみた。多分、攻殻機動隊を知っている人が見たらあんまり面白くないんだろうなっていうのはわかったけど、普通のSF作品として見てみると普通に面白いんじゃないかなって思う。ごちゃごちゃしてるけど、未来やってる感じが伝わってくるけど、やっぱりスラム街での技術レベルは現代とそんなに変わらないというところがポイント高い。やっぱり、技術が進んだとしてもそれが世界を覆えるわけではない。
 話自体は主人公である少佐が自らの出生を知り、自分を取り戻す話だけれど、まあ普通な話。ネットへのダイブシーンもあるけど、なんか思ってたのと違う。こう、凄いことやってまっせっていうのを伝えたいんだろうけど、多分設定を詰めきれていないのか、いまいち何を示したいのかがわからないところが多かった。そこを除いたらまあいいんじゃないかなって思う。

グレート・ウォール
 リン将軍、一生ついていきますよ・・・!この映画、万里の長城を守る各軍団はそれぞれの役割を持っていて、それぞれのイメージカラーで統一されている。これ、もう三国無双やん。そしてリン将軍の顔。えっと、Koeiがスポンサーでもしてるのかな?ってぐらい無双の香りがする。
 今作では敵として怪物の饕餮がおり、対抗するために万里の長城が築かれている。この万里の長城の性能の高さが良い。投石機でボンボン火炙りされた岩が飛んでいくし、ハサミみたいにスライサーが出てきて饕餮をちょっきんちょっきん斬っていく。そして壁から槍を持って飛び降りる女性。間違いなく一番危険なポジションで死亡率が高いだろうに誰も踏みとどまらず、饕餮に向かっていく。もちろん、何人も食われるんだけど、それでも攻撃をやめない彼女らの勇敢さは凄い。そして壁を登られた後は重歩兵の出番。なのだけれど、彼女らの勇敢さに比べて彼らの頼りなさと言ったら。
 主人公は黒色火薬を求めて西から旅をしてきた私兵みたいなやつら。主人公は誰も信じずに生き残ってきた人間、それに対してリン将軍は仲間を信頼して戦う人間。そんなリン将軍に感化され、汚れた過去と決別するかのように、主人公はリン将軍と一緒に戦う。まあよくある話ですね。そんな中、主人公に救われたまだ若い兵士が、最後の方に主人公とリン将軍を守るために饕餮たちを道連れに自爆するシーンがあるんだけど、ああいう若い子が主人公からの好意を受け、そういう行動に出るシーンっていうのはなんとも言えない良さがある。主人公たちはそんなこと、望んでないのにね。
 こういう映画の皇帝陛下は役立たずと相場が決まっているけど、やっぱり役立たずでなんで生き残ってるんだろうなって思う。そこに関しては人一倍敏感なのかな。

 圧倒的物量に押されながらも、あらゆる攻城兵器を用い、撃滅せんとする熱い軍人の戦い。面白いから見た方がいいよ。

メッセージ
 純粋なSF映画をしていて、とても好感が持てた。だいたいSF映画なんていうと設定が近未来なだけで中身はただのアクション映画みたいなのが結構あるけど、これは終始徹底してSF映画だった。
 ストーリーというか、ところどころの演出がトップクラスによかった。主人公である言語学者はばかうけみたいな船に乗ってやってきた異星人であるヘプタポッドの言葉を理解しようとするんだけど、その中で夢を見る。それは自分の子供の夢なんだけど、終盤種明かしされたときに「そういうことね」ってなる。それに、中国の将軍のばかうけへの攻撃を防ぐべく行動を起こすシーンとかはただ感心するとともに、こういう物語めっちゃ好きだなって改めて実感した。
 ただ、やっぱり気になるのは、ヘプタポッドは武器を与えに12隻でやってきたにもかかわらず、主人公は1隻だけの情報で完璧に武器を使いこなしていたのをみると、これ12隻必要?って思う。12隻の情報を一つにまとめて初めて効果の出るものじゃないの、そうじゃないと全然人類一つにならんやないかと。それにヘプタポッドが人類に接触してきた理由は示されたけど、その理由が後付けみたいなやつであんまり納得出来るものじゃなかったのも微妙だった。
 とまあ、色々気になる点はあるんだけど、ところどころの演出が凄い好みに合っていたので好きな映画になりました。こういうSF映画がもっとたくさん作られたら嬉しいな。

キング・アーサー
 予告を見てハチャメチャアクション映画をやるのか!と期待していたんだけど、アクションシーンはそんなに多くなかった。がっかり。正直、最初の15分ぐらいのアクションシーンが一番面白かったんじゃないかって思う。話もなんだかまとまらないかんじで、なんとなく流れていってしまうかんじ。でも、演出がとてもよかった。これからの行動を話すときには、実際の未来の映像を流しつつその解説をするみたいなやり方は見ている方としても話の繰り返しを見なくて済むし、オサレな演出だなって思った。これ、伝わってるかな?
 そして期待していたエクスカリバーを振るうシーン。これは短かったけど、めっちゃよかった。力を出した瞬間にスローモーションとなり、バキバキと敵をなぎ倒していく。斬りかかってきた敵兵も一瞬で吹っ飛ばしていくし、遠くから矢を射ってくる弓兵に対しても剣を振るえば、あら不思議。衝撃波で建物ごと吹っ飛ぶ。ただ、西洋の剣っていうのは叩き切るものというけれど、今作のエクスカリバーは全く斬っていない。めっちゃ吹き飛ばしてる。お前、伝説の剣じゃなくて伝説の棍棒だろ。でもそんなお前も好きだよ。そんな映画です。

魔法科高校の劣等生 星を呼ぶ少女
 春休み、バカンスに訪れていた達也一行は九亜という少女を助ける。彼女は海軍基地で極秘に研究されていた戦略級魔法のための調整体で、そこから逃げてきたという。この少女を助けたいという一行の望みを達也が叶えるというお話。
 ばっかじゃねーの?まあ逃げてきた少女を助けるのはいいだろう。でも、その少女に請われて他の調整体も海軍基地から救い出すって、君らただの高校生だよ?ばかなの?死ぬの?一般人が責任も取れないことをやろうとするもんじゃないよ?
 でも、一行のそんな荒唐無稽な願いを叶えてくれるお兄様。お兄様、いくら友人の頼みだからって、軍内部の軋轢を生むような行動は避けるべきなんじゃ・・・。あ、ごめんなさい、お兄様にそんな心配はご無用ですよね。知ってます。でもお兄様、そのダースベイダーみたいなスーツは正直どうかと思います。かっこよくないですし、著作権的に怖くないですか。あと、上空140kmに上がる際にトランスフォームしたお姿、トランセルみたいで吹き出してしまいました。

 とまあ、色々突っ込みどころはある。見ながら、これはもはやセカイ系だなと思ってしまった。いや、セカイ系というか、中学生の落書き帳というか、おれのかんがえたさいきょーのまじゅつしすごいだろ、というか。これを大真面目に書いた人は恥ずかしくないのかななんて心配をしてしまうぐらいの映画でした。でもいいんです。知ってます、この作品はお兄様を褒めたたえるためだけに他のものが存在しているセカイなのだと。

 今日もさすがです、お兄様。



 16本の映画の感想でした。あんま覚えていない映画もあったので、これからはちゃんと見た日に感想を書こうと思いました。ちなみに今年見た映画で面白かったのはこんな順番かな。

3.メッセージ

2.ザ・コンサルタント

1.哭声

 それでは。皆さんも映画見ましょうね。

初夏の日差しを浴びて

 最近は季節がゆっくりすぎている。数年前は冬が終わったときには夏になっていたし、夏から一気に冬になっていたように思う。昼は少し暑いが、夜は少し寒い。ちょうど良い季節になってきたが、もう梅雨だ。あの陰鬱な、いつまでも続くような雨を待ちわびているが、一向に来る気配がない。

 先月は本当に死ぬかと思った。GWで休みすぎた反動か、休日は家から動くことさえできなかった。本当に辛かった。とても仕事ができる精神状態ではなかったし、人と会いたくもなかった。せっかく友人と会う約束をしても当日ドタキャンしたのはちょっと申し訳ないと思っている、本当に。それでも何とかやってこれたのは、担当していた仕事が変わると言われたからである。

 これは本当に大きな変化だった。仕事が変わってからは生活が変わった。

 まず休日に行動ができる。何を当たり前のことを言っているんだと言われるかもしれないが、これまではずっと寝て休むことでなんとか平日に体を動かしてきた身としては大きな変化である。それに、ちゃんと楽しさを感じることができる。本当に、何を言っているかと言われるかもしれないけれど、ちゃんと物事に対して楽しいと思える。今も生きる理由なんて見つからないし、やりたいことも見つからないし、何にも解決してないけれど、まあどうにかなるかと思えるほどには前向きに生きていけてる。去年は外が眩しくてまともに目をあけてられなかったけれど、今は初夏の太陽だって眩しく感じない。

 この1年間は本当に辛かったんだなぁと他人事のように思う。仕事も、そのやり方も、人間関係も、住む場所が変わり続けるのも、生きていることも、全てが辛かった。でも今はそこまで辛くない。本当にストレスというものは人を、感情を殺すんだと実感している。今でも中途覚醒のせいであまり寝られないこともあるけど、それでもだいぶよくなった。デパスを飲んでも精神面に変化が現れなかったのは、本当に喜怒哀楽を感じきれていなかったことが原因だと思う。よく死ななかったなと自分を褒めてやりたい。むしろ誰か褒めてくれ。


 ここまで書いて思うが、ちょっと躁状態なんじゃないかと疑ってしまうぐらい前向きなのは少し不安である。



 話は変わるが、先日は近くの国宝認定された神社まで一人で足を運んでみた。木々が鬱蒼と生い茂る、最寄駅からケーブルカーで行ける神社だ。自然を十二分に味わえるとても良いところで、人も少なめであったのでこれからもたまには行ってみようかと思う。やはり、森の中の空気というのは匂いが独特でとても安らぐ。そんなことを思いながら本宮まで行ったところで、見たことのある顔が神社の関係者と一緒に出てきた。いや、通勤の際にホームですれ違う程度の本当に顔を見たことのあるぐらいの人なのだが、きっと日本史か何かを専攻している大学生なのだろうとそのとき思った。年寄りと家族連れしかいないような場で彼女にあったことはとても印象に残っている。ちょっと話を聞いてみたいぐらいだ。そして本宮に着いてからは、お賽銭を入れていつも通り神様にご挨拶をしてから境内を回った。平安時代からある神社なのに、なんで塀は信長塀っぽいのだろうかと疑問にも思ったのを覚えている。可愛らしい巫女さんのいるところまで戻り、そこでおみくじを引いた。結果は吉であった。生まれてこの方、おみくじは小吉や末吉しか引かない身であれば、吉は中々に運の良い日だなと思いった。

 神社に来ておみくじを引くのは、私の習慣である。小吉や末吉しか引かない身であれど、実は一時期大吉しか引かない時期もあった。これは、そのとき付き合っていた恋人のせいだと信じている。というのも、その恋人は大吉しか引かない人間で、その人と一緒におみくじを引くと私もなぜか大吉しか引かなくなったのである。そういう、運というものがこの世にはあるのだと私はそのときから思っている。別れてから数ヶ月程度は大吉を引けていたが、それからはいつも通りの結果である。結果が散々だとわかっていてもおみくじを引き続けるのは、まあ私の運に対するちょっとした反抗心であると思ってほしい。

 そんなことを思い出しつつ、帰りはケーブルカーではなく、参道を下っていった。これが中々急な階段や坂で、救急車を呼んだときに場所を伝えるため、「参道③」などと掲示まであった。確かに下りきるまでには2人しかすれ違わなかったことを思えば、その昔苦労した人がいたであろうことは想像に難くない。その道も背の高い木々に囲まれ、とてもいい雰囲気であった。ただ、参道を下りきってからは案の定足がガクガクしていた。



 久しぶりに文章を書いたせいか、とても表現が下手だなぁと思う。元からうまかったかと言われれば言葉を濁すしかないが、これからは少しずつ心も安定していくと思うので、引き続き更新をしていこうかと思う。相変わらず、書きたいことがないので、支離滅裂な文になるとは思うが、そこは気にしないでおこう。

無気力

  最近は全てに対して無気力だ。頑張って更新しようと思いつつも、何も思いつかずにずっと何も出来ずにいる。

 

  私はどうすればいいのだろう。

生きる世界について

  この地球上には様々な物が存在し、多種多様な生物が生きている。存在する世界は一つであるが、生きる人々にとって、その世界の見え方はきっと違う。それは無数の世界があると言っていいのではないだろうか。

 

  様々な人と接していけば、当然色んな印象を受ける。明るい、真面目、怖い、暗い、無害、無関心。その印象には、きっとそれまでのその人の人生が詰まっている。それを紐解こうとしても、必ずアイデンティティというブラックボックスに突き当たるだろう。アイデンティティの形成には遺伝子なのか環境因子なのかどちらが卵になっているのか知らないが、これまで生きてきた人生が大きく影響していることには変わらない。同じ経験をしても人格への反映が、異なることを考えれば、きっと経験を人格へ還元する際に係数でもかかっていてるのだろう。

 

  私は自分の人生しか歩めないことがとても惜しく思える。もし、他の人の人生を歩めたら、違った目で世界を見つめることができたのなら。そのもしは無理だから、他人の見る世界を知りたい。

  読書が好きなのは、本を読むことで筆者の人生に触れられる気がするから。たいして仲良くなりたいとも思わないのに、人と話すことが好きなのは、その人の人生を垣間見ることができるから。私にできない経験が、歩むことのできなかった人生がそこには詰まっている。それが目の前にあって魅力的でない訳がない。それに触れ、咀嚼することで私は少しずつ世界を広げられる。

 

春は遠い

  過去の記事を振り返ってみると、去年の今頃も出張だったのは当然として、3月でも暖かい日があったようだ。確かに去年は桜が咲くのも早かった。出張が終わって京都に戻ってきた頃には桜は散ってしまっていたのを覚えている。今年はまだ寒い日が続いていて桜の咲く気配はまだないが、それと同じく出張の時期もずれ込んでしまったので、どうやら今年も桜を見る機会には恵まれなさそうだ。

 

 

   ツイッターの眺めているとある記事が目に飛び込んだ。

https://am-our.com/love/465/14032/

  そこには解決しない相談所で若い女性が恋愛を諦めるべきかとの問いへの答えがあった。その問いやら答えやらにはあまり興味は惹かれなかったが、ある一文に深い共感を覚えた。

 

   「幸福だと思うことに人は、努力できる。」

 

  どんなに辛くても、自分がしたいことにはどんな労力でも割ける。苦痛を感じ、辛い思いをすることがあっても、決してそこから逃げる選択を選ばない。そんなものに出会えたのなら、それはむしろ幸福だと言える。

  そんなものをまた見つけたいと思いつつも、私は今を変える勇気を持てずに、ただ立ち竦んでいる。だから、世間の新生活へ向けて浮き足立った雰囲気に取り残され、また暗い底へ引き摺り込まれていく。次こそはと意気込みがあっても、今を努力できない私には次なんて言葉は存在しなかった。